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  • tramoool
    05.05.2021 - 1 week ago
    長崎市桶屋町 2021.5

    明日を見据えるねこ

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  • kachoushi
    30.04.2021 - 2 weeks ago

    各地句会報

    花鳥誌 令和3年5月号

    坊城俊樹選

    栗林圭魚選 岡田順子選

    ………………………………………………………………

    令和3年2月3日 立待花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句

    帯の色白と黒との寒稽古 世詩明 初夢や逆夢にして安堵せり 同  受話器より来る熱燗の酔ひつぷり 清女 もう雪も落ちついたかとココア飲む 同  湯のたぎる薬罐の音の冬支度 誠   ゆつくりとガラスを滑る霙かな 同 

    (順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………

    令和3年2月4日 うづら三日の月句会 坊城俊樹選 特選句

    寒の明け空の青さのどこまでも 柏葉 雪の舞ふ上へ下へと北陸路 喜代子 寒戻り雄島は浪に翻弄す 都 

    (順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………  

    令和3年2月6日 零の会 坊城俊樹選 特選句

    祈る人白く光らせ春の寺 小鳥 壺菫傾ぐ黄昏の密会 季凜 饅頭屋の幟ぱたぱた春疾風 美智子 嬰児へ春の揺籃なりしかな 順子 寒紅や鏡の中の女たち きみよ 春を描く赤で縁取る黄土色 千種 ギャルソンのベストの在庫春埃 荘吉 バーの椅子冬日も遊ぶ道具街 荘吉 春潮のかをる手をもて貝洗ふ 順子 ペンダントはづして春の風邪に寝る 光子 黄泉の国へとラビリンスめく雪間 眞理子 オキーフとゴッホの黄なる春の蝶 伊豫 ロマノフ朝語る早春のため息 慶月 仲見世の半分閉ぢて亀鳴けり 梓渕

    岡田順子選 特選句

    江戸つ子へ黄水仙咲く格子窓 光子 春の日の跳ねたりしつつ神田川 小鳥 壺菫傾ぐ黄昏の密会 季凜 吾輩は道具街の猫日脚伸ぶ 荘吉 春浅き野へと黄衣の遊行僧 慶月 花瓶売れざり春の日を黄昏れて 俊樹 笊は受く春の日差や道具街 季凛 菜の花や主のゐない家に棲み 伊豫 大方は縁なき道具街うらら 秋尚 隠れ耶蘇語る窓辺の余寒かな はるか 遣り手婆春画を鬻ぎつつ春眠 俊樹 黄塵万丈浅草に人沸き出す 梓渕 産土の海光を背に絵踏せり 光子 生国を刻みし墓へ梅香る 慶月 祈る人白く光らせ春の寺 小鳥

    (順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………

    令和3年2月8日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句

    散歩みち犬に吠えられ日脚伸ぶ 三四郎 子等はしやぐ声の大作雪だるま みす枝 寝るだけに戻りし部屋の虎落笛 ただし 初詣巫女の化粧の濃かりけり 世詩明 贔屓目にみても毛皮の似合はざる 上嶋昭子 大氷柱剣のごとく堂宇守る 時江 崖の上に耐へて咲きたる水仙花 久子 神杉に裂けし傷あり斑雪 時江 風花の散華の中を柩ゆく 信子 湯たんぽを母の温もる如く抱く さよ子 廃屋の雪の声きく真暗がり ただし 嚏して饒舌の人黙りけり 三四郎

    (順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………

    令和3年2月9日 萩花鳥句会

    住所録ゐぬ人ばかり春時雨 祐子 降り立てばカルスト台地草萌ゆる 美恵子 春まだ来産卵仕掛ける川漁師 健雄 春時雨ビニール傘に裂け目あり 吉之 下萌えて平幕力士の賜杯かな 陽子 雪雫八分音符と四分音符 ゆかり 微睡の草木起こせし春時雨 明子 面接の練習の声寒明くる 克弘

    ………………………………………………………………

    令和3年2月11日 さくら花鳥会 岡田順子選 特選句

    護摩焚きの煙の深き節分会 あけみ 節分や子の夢に出る方相氏 登美子 節分や炒豆撒いて稽古終ふ 令子 車窓には雪しろの山々続く あけみ 大雪も奮闘えち鉄動き出す 紀子 野兎の駈けし跡あり野辺深し 同  ひらがなの娘の手紙春隣 裕子

    (順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………

    令和3年2月12日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句

    白杖の突けば凍土鼓動して 都   磯竈海女と蜑との声太く 益恵 獣園の柵に並ぶ子草青む 栄子 春の雪店はいつものビートルズ 佐代子 日脚伸ぶ明るき方へ人も鳥も 都   寒木瓜の棘の交差に交差して 悦子 白髭を撫で庭を掃く春隣 幸子 寒月へ町定位置に静もりて  都   春雷や酒供はりて力士像 宇太郎 さよならと筆置く音に落椿 悦子

    (順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………

    令和3年2月13日 札幌花鳥会 坊城俊樹選 特選句

    人生は借り物かしら春一番 修子 日の永き台所にて聖書読む 同  永く生きすぎた気もして春の風 同  どの家も砦のやうに雪積みて 寛子 街路樹の上に余寒の空低し 同  針供養叔母は短気でお人好し のりこ 掌に一滴春の化粧水 岬月

    (順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………

    令和3年2月16日 伊藤柏翠俳句記念館 坊城俊樹選 特選句

    ひたすらに鶴は鶴とし凍つるのみ 雪   寒鴉申し合はせしごと啼かず 同  観念をしたる如くに大枯木 同  温石に温石と云ふ石の貌 同  薄氷や着物をつまみ避け乍ら 千代子 深々と音消し積もる真夜の雪 同  春炬燵くの字しの字の混み合へり みす枝 ランドセルに筆箱入れて春を待つ 同  銀の波揺らし川辺の猫柳 英美子

    (順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………

    令和3年2月17日 福井花鳥会 坊城俊樹選 特選句

    薄氷の割れて漂ひ重ね合ひ 千加江 数独に挑んで老の春を待つ 清女 節分や柱時計がつと止る 啓子 薄氷を張り尽したる法の池 泰俊 鴬や何か賑やかなる甍 同  凍て鶴として人の世を凍つるのみ 雪   華やかに古りし虹屋の桐火桶 同  凍て様も金輪際や檻の鶴 同  人の世の枷を解かれし古火桶 同  寒鴉啼くを忘れてゐはせぬか 同 

    (順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………

    令和3年2月19日 さゞれ会 坊城俊樹選 特選句

    冴え返る言葉の綾に躓きて 雪   勿体なや冬籠りにも厭きしとは 同  乾杯の種の尽きたるちやんちやんこ 同  うららかや犬が好みの猫まんま 清女 虹屋へと二月礼者の関西弁 千代子 水仙の花に折鶴遊ばせり 希   路地裏を斜めに走るうかれ猫 啓子 水尾も無く流れのまゝの鴨滑る 天空

    (順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………

    令和3年2月21日 風月句会 坊城俊樹選 特選句

    飄々とした人の訃や冬の果 佑天 学舎の武張りて遠く春の富士 圭魚 アトリエに遺せし絵の具冴返る ゆう子 シスターの病むや余寒の廊長し 和子 手の皺の翳は目立ちて春を待つ ます江 存分に椿の落ちて椿寺 佑天 堂裏の日溜り豊か落椿 圭魚

    栗林圭魚選 特選句

    よき喫茶閉ぢし通りの余寒かな 慶月 磐座の裳裾にこぞる蕗の薹 幸風 菰踏めば春泥ぬると動きたる 三無 朝光の瀬音そびらに蘆の角 幸風 アトリエに遺せし絵の具冴返る ゆう子 寺領ひっそり孕猫つとのそりゆく 文英 細波の煌めき尖る浅き春 斉   シスターの病むや余寒の廊長し 和子 春みかづき童話の色の夜の街 和子 春光や眉毛一本づつ描く 千種

    (順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………

    令和3年2月22日 鯖江花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句

    二度三度黙の呼び鈴冴返る 一涓 遠き日の武原はんの風花す 同  雪掻きて掻きて怨嗟を紛らせり 同  佐保姫来式部の像の辺りより 同  古里ぞ遠海鳴りも温石も 雪   其の頃はへつつひ二つ竈猫 同  お駄賃は袋のお菓子春の風 上嶋昭子 アプレゲールと言はれし卒寿日向ぼこ 同  春一番絵馬カタカタと恋の宮 信子 夕焼けを少し暈して春の色 紀代美 春着着しより梵妻の顔となる 中山昭子 水仙や少女一心勉学す みす枝

    (順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………

    九州花鳥会 坊城俊樹選 特選句

    東風に扉を開けよ羽衣なびくまで 美穂 面影のちよと夫似なる古ひひな 千代 波音のままに揺蕩ふ若布かな 桂   大津絵の鬼の飛び出す春の雷 喜和 梟の吾を呼びたる父祖の山 千代 遠き目でみる耶蘇浦の若布船 かおり 薄氷を踏むもふまぬも人の道 睦子 冬灯しらじら明けの裏酒場 勝利 恋猫の敗れ幣履のごとく消ゆ 伸子 その沖は霞み衣桁の陣羽織 由紀子 寂しらの汀に寄する若布かな 久美子 浮かみくる七色の泡春の池 愛   集落を貫く碧き雪解川 由紀子 タンデムで若布を買ひに島日和 美穂 結ひ髪のほろほろ解けて絵踏かな かおり 紙漉の若き水ほどよく躍る 佐和 蹼に薄氷つきしまま歩む 睦子 星辰の恵みに育つ若布かな 美穂

    (順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………

    なかみち句会(投句のみ) 栗林圭魚選 特選句

    探梅の坂より駅を見渡せり 貴薫 焼山の命の早さ確かめり ます江 風尖りをれど遠山霞みをり 怜   枝影の網目ぼんやり春の土 秋尚 受診日や梅林抜けて隣り駅 せつこ 料峭の森覚ましゆく水の音 三無 野焼見る怪しくはやる気持あり あき子 日を浴びて胸張る如し犬ふぐり せつこ 青海苔を採って沖には白い波 史空 梅林や古木の幹に力あり 迪子

    (順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………

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  • kanazawagakuinuniversitnoh
    13.03.2021 - 2 monts ago

    【石川県謡曲古跡めぐり】1日目24箇所目 番外編その3 2020/10/30-31

    深谷温泉の能舞台 《金沢市深谷町》 石屋会席料理 Kaiseki Cuisine (Traditional multi-course banquet meal) 前菜 ひとくちの旬味と、乾杯をたのしむ。 旬の素材をいかした料理をひとくちづつ、小さな器に可愛らしく盛りつけました。 器のなかの小さな季節を愛でながら、美味しいお酒をおたのしみください。

    お造り 七尾港直送、朝獲れ天然物のお造り。 その日の朝に水揚げされた天然の魚介だけを七尾港より直送。活きのいい地魚ならではの身のしまった刺身の味と食感をおたのしみください。

    おしのぎ つるっとした食感の金時草うどん。 加賀野菜の金時草を練りこんだ手延うどん。 コシが強く、金時草の持つ粘りで、ツルツルとしたなめらかな喉越しが楽しめます。

    炊合せ じぶじぶ、と煮える音まで旨い、治部煮。 鴨肉、すだれ麩、季節の野菜などをとろみのあるだし汁で煮込んだ金沢を代表する料理、治部煮。 江戸時代から伝わり、城下町の武家から庶民まで広く親しまれ、今に受け継がれています。 元湯石屋では、あつあつの治部煮をふぅふぅ言いながらおたのしみいただくため、小さな土鍋に盛りつけ、火にかけてお出ししております。 土鍋からゆらゆらと湯気が立ち上がり、鴨肉がほんのり薄紅色に色づいてきたらお召し上がりの頃合い。ワサビを溶かしながらお召し上がりください。

    温物 牛すじ肉味噌煮込みチーズ仕立。 牛すじ肉の味噌煮込みチーズ仕立です。冬はカニみそチーズ仕立になります。

    焼き物 陶板焼き。 七尾港で水揚げされた新鮮な地物の魚や地場の野菜などを、陶板で焼きます。焼きたてをお楽しみください。

    蒸し物 古代米の蒸し物。 深谷の澄んだ水と空気がはぐくんだ古代米を、もち米と合わせて飯蒸しにします。味わい深く、栄養価の高い古代米。噛みしめる度に心まで満たされるおしのぎです。(写真は蒸し寿司) 幻の米・古代米 炊きあがるとお赤飯のような鮮やかな色を見せる古代米。 ポリフェノールのひとつ黒色系色素(アントシアニン)や、ミネラルなどの栄養分が白米より多く含まれ、薬膳料理に用いられるほどです。ただ栽培が難しく、なかなか手に入らないことから幻の米とも呼ばれてきました。元湯石屋では、深谷の農家が丹誠こめて育てた古代米を使っております

    酢物 食感を楽しむ、加賀丸芋の酢の物。 すりおろした加賀丸芋を、やさしいお酢で味付けしました。加賀丸芋はとても粘りがあり、食感と、のど越しの良さを感じながら美味しく召し上がって頂けます。胡瓜・海老と一緒にお召し上がりください

    デザート 食後を可憐に彩る、宝石箱の甘酒仕立て。 季節の果物のさわやかな酸味と、甘酒仕立てのやさしい甘味が、食後のひとときを、しあわせな気持ちにしてくれます。夏は甘栗南京のプリンになります。 素材の持ち味をひき出す糀・味噌 甘酒ソースや、塩糀焼きなどで使っている甘酒や糀、味噌などは、創業天保元年の金沢の老舗・高木糀店が丹精したものを使わせていただいております。 今も昔ながらの製法を守り、杉桶でじっくり寝かせ、丁寧につくられている糀や味噌は、素材の持つ味わいをやさしくひき出してくれます。売店でも高木糀店の塩糀などを取り扱っておりますので、ぜひお土産にお買い求めください。

    鹿野酒造 清酒『常きげん 山廃本醸造(加賀州)』

    先日放映されたNHKの『プロフェッショナル』に農口尚彦杜氏が出演されて依頼、反響が多くソッコー売り切れに。

    山廃仕込みを得意とする「現代の名工」にも認定された名匠・農口尚彦杜氏が七人の蔵人と丹精込めて造り上げた逸品。

    芳醇な香りと濃厚な味わい、コクがあって日本酒らしい味と香りを十分に楽しめ、後口の爽やかなお酒に仕上がっております。

    冷やよし、燗よし、燗ざましでも十分楽しめるお酒です、能登杜氏農口流濃醇華麗仕込みを是非ご堪能下さい日本酒

    原材料名:米(加賀五百万石)、米麹、醸造アルコール 精米歩合:65% アルコール:16度

    #能楽 #能 #Noh #申楽 #猿楽 #狂言 #風姿花伝 #世阿弥 #芸術論 #幽玄 #歌舞劇 #演劇 #能面 #マスク #文化 #旅行 #トラベル #GoTo #名所旧跡 #神社 #寺院 #像 #碑 #巡礼 #古跡 #謡曲 #金沢 #加賀 #小松 #白山 #松任 #Travel #GoTo #ruins #wreckage #Japanese-hotel #hotel #inn #a-Noh-stage #stage #Shichi-go-san #banquet #Japanese-rice-wine #sake

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  • kanazawagakuinuniversitnoh
    13.03.2021 - 2 monts ago

    【石川県謡曲古跡めぐり】1日目24箇所目 番外編その3 2020/10/30-31

    深谷温泉の能舞台 《金沢市深谷町》 石屋会席料理 Kaiseki Cuisine (Traditional multi-course banquet meal) 前菜 ひとくちの旬味と、乾杯をたのしむ。 旬の素材をいかした料理をひとくちづつ、小さな器に可愛らしく盛りつけました。 器のなかの小さな季節を愛でながら、美味しいお酒をおたのしみください。

    お造り 七尾港直送、朝獲れ天然物のお造り。 その日の朝に水揚げされた天然の魚介だけを七尾港より直送。活きのいい地魚ならではの身のしまった刺身の味と食感をおたのしみください。

    おしのぎ つるっとした食感の金時草うどん。 加賀野菜の金時草を練りこんだ手延うどん。 コシが強く、金時草の持つ粘りで、ツルツルとしたなめらかな喉越しが楽しめます。

    炊合せ じぶじぶ、と煮える音まで旨い、治部煮。 鴨肉、すだれ麩、季節の野菜などをとろみのあるだし汁で煮込んだ金沢を代表する料理、治部煮。 江戸時代から伝わり、城下町の武家から庶民まで広く親しまれ、今に受け継がれています。 元湯石屋では、あつあつの治部煮をふぅふぅ言いながらおたのしみいただくため、小さな土鍋に盛りつけ、火にかけてお出ししております。 土鍋からゆらゆらと湯気が立ち上がり、鴨肉がほんのり薄紅色に色づいてきたらお召し上がりの頃合い。ワサビを溶かしながらお召し上がりください。

    温物 牛すじ肉味噌煮込みチーズ仕立。 牛すじ肉の味噌煮込みチーズ仕立です。冬はカニみそチーズ仕立になります。

    焼き物 陶板焼き。 七尾港で水揚げされた新鮮な地物の魚や地場の野菜などを、陶板で焼きます。焼きたてをお楽しみください。

    蒸し物 古代米の蒸し物。 深谷の澄んだ水と空気がはぐくんだ古代米を、もち米と合わせて飯蒸しにします。味わい深く、栄養価の高い古代米。噛みしめる度に心まで満たされるおしのぎです。(写真は蒸し寿司) 幻の米・古代米 炊きあがるとお赤飯のような鮮やかな色を見せる古代米。 ポリフェノールのひとつ黒色系色素(アントシアニン)や、ミネラルなどの栄養分が白米より多く含まれ、薬膳料理に用いられるほどです。ただ栽培が難しく、なかなか手に入らないことから幻の米とも呼ばれてきました。元湯石屋では、深谷の農家が丹誠こめて育てた古代米を使っております

    酢物 食感を楽しむ、加賀丸芋の酢の物。 すりおろした加賀丸芋を、やさしいお酢で味付けしました。加賀丸芋はとても粘りがあり、食感と、のど越しの良さを感じながら美味しく召し上がって頂けます。胡瓜・海老と一緒にお召し上がりください

    デザート 食後を可憐に彩る、宝石箱の甘酒仕立て。 季節の果物のさわやかな酸味と、甘酒仕立てのやさしい甘味が、食後のひとときを、しあわせな気持ちにしてくれます。夏は甘栗南京のプリンになります。 素材の持ち味をひき出す糀・味噌 甘酒ソースや、塩糀焼きなどで使っている甘酒や糀、味噌などは、創業天保元年の金沢の老舗・高木糀店が丹精したものを使わせていただいております。 今も昔ながらの製法を守り、杉桶でじっくり寝かせ、丁寧につくられている糀や味噌は、素材の持つ味わいをやさしくひき出してくれます。売店でも高木糀店の塩糀などを取り扱っておりますので、ぜひお土産にお買い求めください。

    鹿野酒造 清酒『常きげん 山廃本醸造(加賀州)』

    先日放映されたNHKの『プロフェッショナル』に農口尚彦杜氏が出演されて依頼、反響が多くソッコー売り切れに。

    山廃仕込みを得意とする「現代の名工」にも認定された名匠・農口尚彦杜氏が七人の蔵人と丹精込めて造り上げた逸品。

    芳醇な香りと濃厚な味わい、コクがあって日本酒らしい味と香りを十分に楽しめ、後口の爽やかなお酒に仕上がっております。

    冷やよし、燗よし、燗ざましでも十分楽しめるお酒です、能登杜氏農口流濃醇華麗仕込みを是非ご堪能下さい日本酒

    原材料名:米(加賀五百万石)、米麹、醸造アルコール 精米歩合:65% アルコール:16度

    #能楽 #能 #Noh #申楽 #猿楽 #狂言 #風姿花伝 #世阿弥 #芸術論 #幽玄 #歌舞劇 #演劇 #能面 #マスク #文化 #旅行 #トラベル #GoTo #名所旧跡 #神社 #寺院 #像 #碑 #巡礼 #古跡 #謡曲 #金沢 #加賀 #小松 #白山 #松任 #Travel #GoTo #ruins #wreckage #Japanese-hotel #hotel #inn #a-Noh-stage #stage #Shichi-go-san #banquet #Japanese-rice-wine #sake

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  • honyakudiary
    08.03.2021 - 2 monts ago

    CRISPR―生き残るための編集 2/4

    ―エリザベス・コルバート

    (1/4からのつづき)

    正式にはRhinella marinaとして知られるオオヒキガエル〔*英語名はcane toad=サトウキビヒキガエル〕は、斑点のある茶色で、太い手足とでこぼこした皮膚を持つ。解説されるときには、どうしてもその大きさが強調される。アメリカ合衆国魚類野生生物局は、「Rhinella marinaは巨大でイボイボした真正ヒキガエルである」と記述している。米国地質調査所は、「道路上に座っている大きな個体は容易に岩とまちがえられる」と観察している。これまでに記録された最大のオオヒキガエルは体長38センチ、重さは2.7キロあり、まるまるしたチワワと同じくらいだ。1980年代にブリスベンのクイーンズランド博物館にいたビッグベットという名前のヒキガエルは、体長24センチで、幅もほぼ同じくらいあった――ディナープレートくらいの大きさだ。オオヒキガエルは、ネズミやドッグフード、他のオオヒキガエルなど、特大の口に入るものならほとんど何でも食べてしまう。

    オオヒキガエルの原産地は、南アメリカ、中央アメリカ、そしてテキサス州の最南端だ。カリブに持ち込まれたのは1840年代半ば。この地域の換金作物であるサトウキビに大発生していた甲虫の幼虫との戦いに、このヒキガエルを参戦させようという発想だった。(サトウキビも持ち込まれた種であり、原産地はニューギニアだ。)ヒキガエルはカリブから、次はハワイに運ばれた。そして1935年、102匹のヒキガエルがホノルルで汽船に積み込まれ、オーストラリアに向かった。101匹が旅を生き延び、クイーンズランド州北東部のサトウキビ産地にある研究所にたどり着いた。それから1年以内に、ヒキガエルたちは150万個以上の卵を産み落とした。(メスのオオヒキガエルは、一度に最大で3万個の卵を産む。)そして産まれたヒキガエルの子供は、この地域の川や池に意図的に放たれた。

    ヒキガエルが結局のところサトウキビに役立ったどうかは疑わしい。サトウキビにつく甲虫は地面から高すぎる位置に止まっているため、大きな石ほどの大きさの両生類には届かない。しかし、ヒキガエルたちは別に困らなかった。他に食べるものをたくさん見つけて、大量の子供を産み続けた。カエルたちはクイーンズランド州沿岸のわずかな土地から、北はケープヨーク半島へ、南はニューサウスウェールズ州へと進んでいった。1980年代のどこかの段階では、ノーザン・テリトリーにも進出していた。そして2005年には、ダーウィンの街からほど近い、ノーザン・テリトリー西部にあるミドル・ポイントと呼ばれる地点に到達した。

    その途中で、不思議なことが起きた。侵入の初期段階では、ヒキガエルは年に約9.6キロのペースで進んでいたのが、数十年後には年に20キロになった。ミドルポイントに到達する頃には、年に48キロまで速まっていた。研究者たちが最前線の個体を測定したところ、その理由がわかった。元々のクイーンズランドのヒキガエルと比べて、このヒキガエルは足がかなり長く、この形質は遺伝することがわかった。ノーザン・テリトリー・ニュース紙は一面に「スーパー・ヒキガエル」という見出しで記事を掲載した。記事には、スーパーマンの衣装を着たオオヒキガエルの合成写真が使われていた。「テリトリーを侵略し、憎しみの的となったオオヒキガエルが、いまやさらに進化している」と新聞記事は驚愕している。ダーウィンの説に反して、進化をリアルタイムで観察することが可能に思えた。

    オオヒキガエルは異様に大きいだけでなく、人間から見れば、骨ばった頭といやらしそうな表情の醜い存在でもある。しかし、彼らがほんとうに「嫌われる」のは、有毒だからだ。オオヒキガエルの成体が噛まれたり、脅されていると感じると、心臓を止めるほどの化合物からなる乳白色のネバネバした液体を吐き出す。犬はしばしばオオヒキガエルの毒にやられ、症状には口角の泡立ちから心停止に至るまで幅がある。オオヒキガエルを食べてしまった愚かな人は、命を落とす危険性がある。

    元来オーストラリアには毒のあるヒキガエルはいない。そもそも、土着のヒキガエルが存在しないのだ。そのため、オーストラリアの動物相はヒキガエルを警戒するようには進化していない。つまりオオヒキガエルの話は、アジアのコイの話を裏返したような、あるいは逆さにしたような話なのだ。アメリカでは外来種であるアジアのコイが、コイを食べる天敵がいないために大惨事を引き起こしているが、オーストラリアのオオヒキガエルは、ほとんどすべての動物がオオヒキガエルを食べてしまうために脅威となっている。オオヒキガエルを食べたことが原因で数が激減した種のリストは長く、多岐にわたる。その中には、オーストラリア人が「フレッシー」と呼ぶ淡水ワニ、体長150センチ以上にもなる黄色い斑点のあるオオトカゲ「アーガスモニター」、キタアオジタトカゲ(実際はスキンクの仲間)、小さな恐竜のようなヒガシウォータードラゴン、その名の通り毒蛇であるコモンデスアダー、同じく毒蛇であるキングブラウンスネークなどが含まれる。犠牲者リストの中でも断然愛らしいのはヒメフクロネコという優しげな有袋類だ。体長は約30センチで、とがった顔と斑点のある茶色の毛をしている。幼いフクロネコが母親の袋から卒業すると、母親は子供を背中に乗せて運ぶ。

    オオヒキガエルを減速させるために、オーストラリア人は様々な作戦を立ててきた。中にはすばらしいものあるし、そうでもないものもある。「トーディネイター」というのは、オオヒキガエルの声を再生する携帯用スピーカー付きの罠だ。ヒキガエルの声は、ダイヤル音やモーター音に似ていると言われる。クイーンズランド大学の研究者たちは、オオヒキガエルのオタマジャクシを死へとおびき寄せる餌を開発した。人々は、エアライフルでヒキガエルを撃ったり、ハンマーで叩いたり、ゴルフクラブで殴ったり、わざと車で轢いたり、固まるまで冷凍庫に突っ込んだり、「ホップストップ」と呼ばれる化合物をスプレーしたりしている(このスプレーは「数秒でヒキガエルを麻酔にかけ」、1時間以内に殺す、と製造業者は保証している)。「ヒキガエル退治」の民兵を組織しているコミュニティもある。「キンバリー・ヒキガエルバスターズ」と呼ばれるグループは、オーストラリア政府にヒキガエルを駆除するごとに懸賞金を出すよう提言している。このグループは「みんながヒキガエルバスターになれば、ヒキガエルは一貫の終わりだ!」がモットーだ。

    ティザードは、オオヒキガエルに興味を持った時点では、まだ実際のカエルを見たことはなかった。ジーロングはビクトリア州南部の、まだヒキガエルに征服されていない地域の町だ。しかしある日の会議で、席が両生類を研究している分子生物学者の隣になった。彼女は彼に、こんなにやっつけているにもかかわらず、ヒキガエルが広がり続けていることを話した。「彼女は、ほんとうに情けない、何か新しい方法があればいいのに、と言った」とティザードは振り返る。「それで私は、さて、と頭を掻いた」

    「毒素は代謝経路を通って生成される、と考えた。つまり酵素が関わっていて、酵素にはそれをコード化する遺伝子がある。さて、私たちは、遺伝子を壊すツールを持っている。もしかしたら、毒素を生みだす遺伝子を切断することができるかもしれない」。 幸運なことに、クイーンズランド大学のロブ・ケイポンという化学者が率いるチームが、毒素に関わる主要な酵素を特定したばかりだった。

    ティザードは博士課程を修了した研究者のケイトリン・クーパーを参加させ、構造の特定を手伝ってもらった。クーパーは肩までの長さの茶色の髪で、周囲もつられてしまうような笑いの持ち主だ。(彼女もよそ者で、マサチューセッツ出身。)オオヒキガエルの遺伝子編集はそれまで誰もを試みたことがなかったので、その方法の開発はクーパーの手にかかっていた。彼女は、オオヒキガエルの卵を洗浄してから、非常に細いピペットで穴を開けなければならないということを発見した。これを卵が分裂を始める前にすばやく行う必要があった。「マイクロインジェクションの技を磨くのに、かなり時間がかかりました」と彼女は話してくれた。

    クーパーは、いわばウォーミングアップの一環として、オオヒキガエルの色を変えてみることにした。ヒキガエル(というより哺乳類)の重要な色素遺伝子は、メラニンの生成を制御する酵素チロシナーゼをコードしている。クーパーは、この色素遺伝子を無効にすれば、暗い色ではなく明るい色のヒキガエルが生まれるはずだと推論した。彼女はシャーレの中で卵と精子を混ぜ合わせ、得られた胚に様々なCRISPR関連化合物をマイクロインジェクションして待った。すると、奇妙な色をしたオタマジャクシが3匹出てきた。そのうちの1匹は死んだ。残りの2匹は両方ともオスで、斑点のあるオタマジャクシに成長した。2匹はスポットとブロンディと名付けられた。「あれが起きたときには、ほんとうにうっとりしたよ」とティザードは言う。

    クーパーは次に、オオヒキガエルの毒を「切断する」ことに注目した。オオヒキガエルは肩の後ろにある腺に毒を蓄えている。そのままの状態では、毒は単に気分を悪くする程度のものだ。しかし、攻撃されると、ヒキガエルはケイポンが特定したブフォトキシンヒドロラーゼという酵素を生成し、毒の効力を100倍に増幅させる。クーパーはCRISPRを用いて、次のグループの胚を編集し、ブフォトキシンヒドロラーゼをコードする遺伝子の一部を削除した。その結果、毒性の低いオタマジャクシのグループが生まれた。

    しばらく話をした後、クーパーは彼女のヒキガエルたちを見てみないかと申し出てくれた。そのためには、さらにエアロックされたドアや警備のレイヤーを通り、オーストラリア疾病対策センターの奥深くへ入っていく必要があった。一行は、服の上に防護服を着て、オーバーシューズを履いた。クーパーが私のテープレコーダーに洗浄液のようなものを吹き付けた。「隔離区域」と書かれた貼り紙がある。「重い罰則が適用されます」。 オーディンや、私がこれほど安全を期さずにやった遺伝子編集の冒険のことは黙っていたほうが良さそうだった。

    扉の向こうは、殺菌された納屋のようなところで、様々な大きさの囲いに入った動物たちで埋め尽くされていた。病院とふれあい動物園がまざったようなにおいがした。ネズミの檻が並ぶ近くで、解毒されたヒキガエルがプラスチックの水槽の中を飛び回っていた。生後10週齢で7センチほどのヒキガエルが1ダースほどいた。「見ての通り、非常に元気です」とクーパーは言った。水槽には、人工の植物、水桶、太陽灯など、ヒキガエルが欲しがりそうなすべてのものが備え付けられていた。私は「最新の利便性を完備したヒキガエルの館」を思い浮かべた。中の1匹が舌を出して、コオロギを捕まえた。「ほんとうに何でも食べるんだ」とティザードは言う。「お互いも食べる。大きなカエルが小さなカエルに遭遇したら、それは昼食です」。 解毒されたヒキガエルの集団をオーストラリアの田舎で放したら、おそらく長くはもたないだろう。何匹かは淡水ワニやトカゲやデスアダーの昼食となり、残りはすでにそこで飛び回っている何億匹もの有毒ヒキガエルと異形交配されてしまうだろう。

    ティザードが考えていたのは、このヒキガエルに教育係をさせることだった。フクロネコの研究から、有袋類はオオヒキガエルを避けるように訓練できることがわかってきていた。嘔吐剤を混入したヒキガエルの足を食べさせれば、ヒキガエルに吐き気を連想して避けるようになる。ティザードによれば、解毒されたヒキガエルは、さらに優れたトレーニングツールになるという。「捕食者に食べられた場合、捕食者は病気にはなっても、死ぬことはありません。そして『二度とヒキガエルは食べない』と考えるようになるでしょう」

    解毒されたヒキガエルをフクロネコの教育、あるいは他の目的に使うまでには、様々な政府の認可が必要だ。私が訪問したときには、クーパーとティザードはまだ事務手続きに取りかかっていなかったが、すでに他の切り口を検討していた。クーパーは、ヒキガエルの卵のゲルコートを作る遺伝子のひとつをいじって、卵を受精させないようにすることができるのではないかと考えた。

    「彼女がそのアイデアを説明してくれたとき、『素晴らしい!』と思いました」とティザードは言う。「もし繁殖力を抑えることができれば、めちゃくちゃすごいことです」

    解毒されたヒキガエルから少し離れたところで、スポットとブロンディが自分たちの水槽に座っていた。さらに精巧な装置で、熱帯の風景写真が前面に置かれて、彼らを楽しませている。2匹はすっかり成長してもうすぐ一歳になるが、中腹部にお相撲さんのような厚い肉がついている。スポットはほとんど茶色で、後ろ足が一本だけ黄色がかった色をしている。ブロンディの方が変化に富んだ色彩で、後ろ足は白っぽく、前肢と胸には薄い斑点があった。クーパーは手袋をした手を水槽の中に伸ばし、彼女が「美しい」と表現していたブロンディを取り出した。ブロンディはすぐに彼女にオシッコをかけた。邪悪な笑みを浮かべているように見えた。遺伝子工学者だけが愛することができる顔だ、と私は思った。

    ニューヨーカーに掲載 2021.1.11

    エリザベス・コルバートは、ニューヨーカー誌のスタッフライター。2015年に著書『The Sixth Extinction: An Unnatural History』(邦訳『6度目の大絶滅』NHK出版)でピューリッツァー賞を受賞。最新作は『Under a White Sky: The Nature of the Future』

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  • ari0921
    08.03.2021 - 2 monts ago

    1945年3月10日

    1945(昭和20)3月9日、この日は午後から風が強くなり、夜になると突風が吹き荒れるようになりました。二、三日前には雪も降るほどの異常寒波が関東地方を襲っていて、道端に設置された防火用水槽には氷が張り詰めていました。9日夜10時30分に警戒警報のサイレンが東京に鳴り響きましたが、2機のB-29は一発も投下することなく、海上へ消えていきました。

    警報から解放され、多くの人々が眠りについた頃、突如大音響と共に焼夷弾※の雨が降ってきました。先ほどの2機のB-29に誘導されてきた、300機以上からなるB-29の大編隊がやってきたのです。これはマリアナ諸島に配備されたB-29のほぼ全勢力でした。本土に近づく連合国軍機を捉えるために太平洋側の沿岸備えられた日本のレーダーは、通常のB-29の侵入高度である高高度に向けられており、この夜の低高度での来襲を発見できませんでした。また、あまりの強風に破損を避けるため、レーダーを取り外していた場所もありました。

    3月10日になったばかりの0時8分、第一弾が現在の江東区に投下されました。空襲警報が鳴ったのは0時15分で、焼夷弾投下後7分のことでした。この7分の間に東京・下町の広範囲に次々と焼夷弾が降り注いだため、この7分が人々の生死を分ける重大な意味を持ちました。焼夷弾の集中豪雨の前には、バケツリレーどころか消防車も何の意味も果たせず、むしろ消防車も火炎(かえん)に包まれ、消防士もろとも丸焼けになってしまいました。

    火災が激しくなるメカニズム

    折からの強風にあおられ、火災はさらに激しさを増します。広範囲で火災が発生すると、その範囲内では酸素を消費するため、周囲から火災発生地帯に向け空気が猛烈な勢いで流れ込みます。また、大火災により激しい上昇気流が発生し、火炎もろとも周囲の人や物を上空に押し上げる現象も発生。このような一連の現象により、空襲の現場では、巨大な炎が突風に押し流されて街を走り回り、渦を巻く現象※があちらこちらで起きました>

    どこにも逃げ場はない

    このような猛烈な炎の中では、早く逃げる行動を取った人の方が生き延びる可能性が高くなりました。防空演習どおり火を消し止めようとした人や、大きな荷物を持って逃げようと思った人の多くが、逃げ遅れ、火に飲み込まれていきました。人々は逃げ場所を追い求め走り回りますが、街中が火の海で、上からは旋風に巻き上げられたトタンや桶や瓦など様々な物が落ちてきました。逃げ込んだコンクリート建ての頑丈と思われた建物も、周囲からの熱で建物内部の可燃物が燃え出し、逃げ込んだ人々の服や荷物も熱によって自然に発火するというありさまでした。

    空襲の標的となった下町地区は、隅田川や荒川といった河川をはじめとして、無数の運河が走る地域でした。そのため、熱から逃れようとして、また逃げ場を失って、多くの人が水の中へ飛び込んでいきました。しかし、川は氷が張るほど冷たく、防火用の厚い服装は水中では身動きを封じました。顔を出しても熱で頭巾(ずきん)や髪の毛が燃え出したり、燃焼によって発生する一酸化炭素で中毒を起こすなど、凍死、窒息死、焼死、中毒死、あらゆる原因で人々は息絶えていきました。

    空襲は約2時間後に終わり、午前2時37分、空襲警報は解除されました。しかし、火の勢いはとどまるところを知らず、最終的に鎮火したのは午前8時過ぎでした。一夜明けた東京の下町は、文字通り廃墟と化していました。いたるところに散乱する焼死体は学校等に山積みされましたが、ほとんど原型をとどめていないものも多く、鉄カブト(防空用ヘルメット)、金ボタン、財布の金属部分などで死者数を判定せざるを得ませんでした。どこの誰だか分らぬまま、そのような遺留品を集め、死者数をカウントしていきます。火葬場も焼けてしまったため、非常措置ととして、都内67か所の公園、寺院、空き地などに仮埋葬されました。5日後の15日までに、仮埋葬された遺体は7万2439体とされます。

    東京大空襲

    犠牲者の遺体を調査する警察官

    警視庁の記録では、焼失家屋26万717戸、罹災者(りさいしゃ=被災者)100万8005人、負傷者4万918人、死者8万8793人(または8万3793)人とあります。今なお犠牲者数には諸説あり、行方不明者、川や運河から東京湾に流出した人、地下に埋没した遺体、遺族が引き取った遺体などを含めれば、10万人前後の方が亡くなったと推計されます。

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  • 0ore
    24.02.2021 - 2 monts ago

    人形佐七捕物帳 第九夜「蛍屋敷」

    人形佐七捕物帳 第九夜「蛍屋敷」 2/24 (水) 10:00 ~ 10:55 (55分)奈良テレビ(Ch.9) 番組概要 さかのぼること4年前。豆六が佐七の子分となった最初の事件!天水桶の中から発見された女の死体と蛍…。施錠された屋敷で起こった、蛍だけが知る事件のからくりとは? 番組詳細 人形佐七…要潤、お粂…矢田亜希子、巾着の辰五郎…三浦涼介、うらなりの豆六…池田純矢、神崎甚五郎…小木茂光 <第九夜ゲスト> 「和泉屋」番頭・金兵衛…津田寛治、「和泉屋」主人・和泉屋京造…遠藤雄弥、若い娘・お町…吉田まどか、自身番・七兵衛…菊池均也、京造の愛人・お俊…橘美緒、「和泉屋」隠居・お源…小柳友貴美、行商人・彦三郎…

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  • hi-majine
    22.02.2021 - 2 monts ago

    古典落語「付き馬」

     そのむかしは、廓通《くるわがよ》いは、馬でしたものだそうで、ただいまの並木とかいうところが松並木になっておりまして、あのへんに馬子がでておりまして、廓通いのお客が馬に乗ると、馬子が、そそりぶしかなんかで吉原へ通う。途中が、馬道と町名にのこっております。  そのころは、白馬で通うのがたいそう巾《はば》がきいたんだそうで、したがって、白馬とくると、お駄賃も高かったと申します。  大門のなかへは馬を乗りいれることはできませんので、大門で馬を乗りすてて、大門の前に編笠《あみがさ》茶屋という茶屋がありまして、ここで編笠を借りうけて、ひやかしてあるいたという。なかなかおつなものでございます。  大勢の馬子は、朝帰りの客を、大門そとで待ちうけております。もしもお客さまの勘定がたりないと、女郎屋からお客を大門そとまで送ってきて、「このお客は、ゆうべあそんだけれど、勘定がたりないから、このかたをお宅へお送りして、勘定をいただいてきておくれ」と、馬子にたのみます。馬子は、これをひきうけて、お客を馬に乗せてお宅へ送ってきて、勘定ができるまで門口に待っておりました。そこで、これを俗に馬をひいて帰る。付き馬などと申します。それが、のちには、女郎屋の若い衆がついてくるようになりましたが、付き馬、あるいは、馬という名称だけはのこりました。

    「えへへへ、ええ、いかがさまで? 一晩のご遊興をねがいたいもんですが……」 「いけないよ。だめだよ」 「へへ、さだめしおなじみさまもございましょうが、たまには、ちょっとお床の変りましたのもおつなもんでございまして……」 「だめだよ」 「え?」 「だめだというのにさ。おまえさんにそうすすめられてみると、そんならご厄介になろうぐらいなことをいいたいが、じつは、ふところは一文なしといってもいいくらいなんだよ」 「へっへへ、ごじょうだんを……」 「いや、じょうだんじゃあないんだよ。こういえば、大の男が、吉原の大門をまたいではいってくるのに、一文なしでくるやつがあるかというかも知れないがね、それについては、ちょいとわけありでね、というものは、わたしの叔父というのが金貸しが商売なんだ。それでね、大きな声じゃあいえないが、だいぶ仲の町のお茶屋さんにお金がまわしてあるんで、月に日をきめてとりにくるんだが、叔父貴が、四、五日かぜっぴきで寝ているんだ。『どうだい、おまえ、からだがあいているんなら、かわりにいってとってきておくれでないか?』『よろしい。いってまいりましょう』と、安うけあいにやってきたがね、しかし、お金をとりにきたくらいだから、紙入れはからだよ。大門をまたぐと、火がはいったばっかりだ。むこうだって縁起商売、お客商売、ねえ、わたしのような者がはいっていったら、あんまりいい心持ちはしなかろうと、こうおもってね、時間つぶしにひと運動しようと、ぐるりとまわって当家の前へ立つと、おい、若い衆さん、だいぶ玉ぞろいだね。よだれこそたらさないが、しばしうっとりとしていたというわけさ。右のしまつだ。あそびたくないことはないんだが、またの折りにしようじゃあないか」 「へえ、よくわかりました。そこをひとつ折りいっておねがい申したいもんでございますが……」 「あれっ、くどいねえ。折りいるにもいらないにも、ふところにお銭《あし》がないんだよ」 「へへへへ、そうでございますが、おことばのごようすでは、仲の町のお茶屋さんへお金をとりにいらしったとかいうような……」 「へ、そうかい、それじゃあ、なにかい、お茶屋へいって、お金をうけとってきてあそべというのかい? それはいけないよ。これで、わたしが、お茶屋へいってお金をうけとると、すぐに里心《さとごころ》というやつがおこる。これは、叔父さんの金だから、家へ持っていかなければならんとおもうと、当家へ足がむかないで、すぐ御帰還になってしまうというしまつさ。どうだい、若い衆さん、ものは相談だが……」 「へいへい、どういうことに?」 「今夜、わたしをこころよくあそばしておくれ。あしたの朝になったら、わたしが、手紙を一本書くから、それを君が、仲の町のお茶屋へ持っていって、なにも金を借りるんじゃあないよ。貸してある金をとるんだから、そのうちからゆうべの勘定をすまして、『さようなら』『いずれお近いうちに……』というので帰れるんだが、それでよかったらあそぶよ」 「へへえ、なるほど、では、明朝、てまえが、先方へお手紙を持ってまいりますれば……」 「むろん、お金はとれるんだよ」 「ああさようで、それでは、そういうことで、一晩のご愉快をねがいたいもんで……」 「よかったら厄介になろう」 「ありがとう存じます……おあがんなさるよ」  とうとう若い衆は、一ぱいひっかかってしまいました。こんなやつだから、ものごとに遠慮をしません。 「若い衆さん、どうもお世話さま。相方《あいかた》は、いま、ちょっとはばかりへいきましたよ。ところでね、わたしは飲《い》ける口だから、ご酒《しゆ》のおはこびをねがいたいが、お宅なんぞはそんなこともあるまいが、お見世によると、あくる朝、あたまがぴんぴんいたむお酒を持ってくるが、そういうのは禁物だよ。ついでにね、おいらんをはじめ新造(若い遊女)衆でも、ご酒は飲《い》けないが、ビールならすこしぐらいなんてえひともあるだろうからね、なんでなければならないなんてやぼはいわないから、ありあわせでいいよ。ビールも持っていらっしゃい」 「かしこまりました」 「それでね、台の物は、ふんだんにいれておくれよ。お皿ばかり大きくっても、中身がぽちょぽちょなんてえのはいけませんね。おさしみでも、片側に四切れ、片側に四切れ、都合《つごう》八切れなんてえのは、どうもさびしくっていけないね。それから、陽気も小ざむいものだから、鍋ものなどもわるくないね。たのしみ鍋でも、よせ鍋でもいいよ。酒は、水っぽいなんてえのはこまるよ」 「へいへい」 「それからね、みんなおひけという時分にご飯《はん》つぶをいただきたいが、おいらんとさしむかいで、どんぶりで食うのもいきでしょう? 手ずから幕の内というようなことで、おひけにしましょう。それから、ちょっとお酒を飲むんだから、芸者の二、三人もよんでもらおうかね」 「かしこまりました。ただいま」  若い衆は、なんにも知りませんから、あつらえものを通す、芸者がくりこんできて、さわぎがはじまる。  さて、あくる朝になりますと、 「へえ、お早うございます」 「はい、お早う。いや、ゆうべは、いい心持ちにあそんだよ」 「どうもおそれいります」 「いえさ、まったくだよ。この女郎買いというものは妙なもので、あそぶときにはいい心持ちにあそんでも、あくる朝になると、変に里心のつくことがあるもんだがね、ゆうべは、ほんとうに愉快にあそばしてもらったよ。ときに若い衆さん、朝になって、罫《けい》のひいた紙を持ってはいってくるでしょ、ええ? ご勘定てえ……あれがないと、女郎買いもおつなもんだが……ご持参かい?」 「へえ、持ってまいりました」 「覚悟はしているよ。いくらだい?」 「へえ、これに明細をしたためてございます」 「明細なんぞは、めんどうくさいから、どうでもいいよ。しめていかほど?」 「ええ、十四円六十銭ということになります」 「ちがうだろう? まちがいだろう?」 「いいえ、まちがいはございません」 「それじゃあ、ほかのだろう。ここのじゃああるまい?」 「いえ、こちらさまのです。昨晩は、よけいなものがはいりましたために、ちとお高くなりました。おそれいります」 「そんなことはどうでもいいがね、あの、芸者衆のご祝儀というのはどうなったんだい?」 「あれは、そのなかに……」 「はいっているのかい?」 「へい」 「それから、みんなのご祝儀もはいっているのかね? ……すると、みんなで十四円六十銭かい? ……それは、ひどく安いね。いや、おどろいたね、どうも……ゆうベはあんなさわぎをして、これだけの勘定とは……ただみたいなもんだね」 「へえへえ」 「うん、ご当家のご内証《ないしよ》は、なかなかあたまがはたらくね。ほそく長くというわけだね。これから、また、ちょいちょいご厄介になるよ」 「ありがとう存じます」 「ああ、あそび好きな友だちが大勢いるからね、みんなつれてくるよ」 「おそれいります」 「ところでね、若い衆さん、ゆうべの寸法でいくと、わたしが手紙を書いて、それを、君が、仲の町の茶屋へ持っていくはずだったがね、おもいだしたら認《みとめ》印をわすれてきたんだよ。一判《いつぱん》すわってないと、むこうでも信用しなかろう。いったりきたりめんどうくさい。いくらもないが、仲の町のお茶屋だ。茶屋までいっしょにいっておくれな」 「へいへい、お供いたしましょう」 「たのむよ」  とうとう若い衆はごまかされて、大通りへひっぱりだされてしまいました。茶屋の前まできますと、 「どうです、ゆうべのお客をすっかり送りだして、きれいに掃除をした門口へ、ほうき目を立てて、盛り塩をしたばかりのところへ、お早うとはいっていって、むこうのもうけにでもなることか、朝っぱらからね、出銭《でせん》というのは気にするから、まあ、ちょいと、一時間ばかり経《た》ってはいっていこうじゃあないか。なあに、一時間ぐらいわけはないよ。ちょいとおもてのほうをぶらつこうじゃあないか。ね? まあ、いいからつきあいたまえ」  てんで、またごまかして、大門から外へでてまいりました。土手へかかって右へはずれる、田町《たまち》で…… 「ねえ、君、あそびをして、朝のお湯へはいらないと、なんとなくからだがしまらないような心持ちがするんだが、一風呂《ひとつぷろ》つきあいたまえ……おや、変な顔をしてるね。勘定のことを心配してるのかい? 大丈夫、大丈夫、大船に乗ったつもりでまかせてお置きよ……おい、番台、すまないが、手ぬぐいを二本貸しておくれ。それから流《なが》しが二枚……おい、君、すまないが、ちょっと湯銭を立てかえといておくれ」 「へえ? てまえが払いますんで?」 「変な顔をしなさんな、あとでまとめて返すから……」 「へえ」  若い衆は、すっかり面くらって湯銭を払います。やがて、湯からあがって外へでます。 「どうだい、いい心持ちだね、朝湯は……ええ、からだのあぶらをとって、ゆうべの飲みすぎのつかえがおりて、なんとなくいい心持ちになったが、ちょいと腹がへってきたね。どうだい、湯どうふで軽く飲みの、おまんまといこうじゃないか。君、朝飯は? え? まだ? そりゃあ、ちょうどいいや。どうだい? ここに湯どうふなんて書いてあるが、ちょいと、まあおつきあいよ」  ごまかして湯どうふ屋へはいって、さんざん飲んで、食べて、 「ちょいと、ねえさん、お勘定だよ。いくらだね? 二枚|重《かさ》なっているんだよ、お皿は……なに? 八十四銭かい? よろしい……おい、君、ちょっとすまないが、一円お立てかえをねがいたい」 「まことにすみませんが、あいにく……」 「おや、持ってないというのかい? じょうだんいっちゃあいけないよ。こんな飲み屋で恥をかかせないでおくれ。持ってないてえことはないよ。さっきお湯銭を立てかえるときに、君のガマ口のなかはちゃんとみているんだから……さあ、一円札を一枚だしたまえ……おい、ねえさん、おつりはおまえさんにやるよ。それから、お茶をねえ、あついのをさしとくれ。小楊子《こようじ》がきてないよ」  勝手な太平楽をならべて、そこの家をでますと、浅草のほうへぶらーり、ぶらーりとやってまいります。 「おい、君」 「へえ?」 「なにを変な顔をしているんだ? ご酒を飲んだら、飲んだような気分になりたまえよ。朝酒は、かかあを質に置いても飲めというがまったくだ。こうやって、ほっぺたがぽーっと赤くなってきたやつを、風に吹かれているなんぞは、まさしく千両だね。君もしっかりあるきたまえ。運動は必要ですよ。こうやってあるいているのがくすりになるんだから……といってるうちに、いつしか瓢箪池《おいけ》へつきあたったが、これから右へまがって活動写真の看板を一軒一軒みてまわったってつまらないや。じゃあ、こっちへまがりましょう。みたまえ、花屋敷、あいかわらず繁昌をしているねえ。動物はいるし、あやつり人形はあるし、いろんな見世物があって、おばあさんが、孫の手でもひいてね、小半日あそびにくるのには、このくらい結構なところはないや。なかにはいって象にパンでもやろうか? え? いやかい? ……ええと、ここを斜《はす》にぬけちまいましょう……ほら、ここに銅像がある。かわいらしいかたちだね、このおばあさんの銅像、まるで人形焼きに焼きつけたようなかたちだね、瓜生岩子《うりういわこ》てえひとだ……観音さまのお堂は、あいかわらずりっぱだなあ。十八間四面てんだ。家賃がいくらだか知ってるかい? ええ? 知らない? ああ、そう、あたしも知らない……ねえ、君、あの正面の段々がいく段あるか知ってるかい? え? 知らない? ああいうものはねえ、商売|柄《がら》で、君なんぞちゃんとおぼえておかなくちゃあ恥をかくよ。こんどよく勘定をしてごらん。九段あるんだよ……どうです、鳩ぽっぽに豆を売っているおばあさん、長生きをしてるねえ。あのしわくちゃだらけの顔に、あたらしい手ぬぐいで、あねさんかぶりにしたとこなんざあ、ずうずうしいもんだ……なんのために、あのほそい棒を一本ずつ持っているんだか知ってますかい? え? 知らない? あれはね、鳩がね、台の上の豆だの、お米だのをとりにくると、あの棒で鳩をぶつんだよ。鳩のおかげでてめえが生きていやあがって、その鳩をひっぱたくとは、いやなばばあだねえ……仁王さまは、あいかわらず大きいねえ。このかたばかりは、いくら物価があがったって、さらにやせないんだからね。どうだい、いいからだしてるじゃあないか。紙をこう噛《か》んでねえ、ぶっつけて、ぶつかったところへ、こっちに力がでるっていうんだが、やってみるかい? ええ? つまらないからよそう? そうかい……人形焼き屋、あいかわらずよく売れるなあ。あの店さきにたまごの殻《から》があんなにどっさり積んであるだろう? きょう一日であれだけのたまごをつかったんじゃあないんだよ。去年の秋からのが、積もり積もってあれだけになっているんだよ……おもちゃ屋をごらん。近ごろは、なかなかおもしろいおもちゃがあるねえ。あたしが好きなのは、首からこう掛けて、電車の方向をだすやつ。手でこうぐるぐるまわして、でてくるでしょ? 品川|行《ゆき》、三田行、青山行、本所行、上野行、雷門行なんて書いてあって……で、あとにおしまいと書いてある。あれ買ってさ、君、首へお掛けよ……で、ふたりでね、こう、ひもでつないで、ちんちんちんちんって、あそんであるこう……ええ? いやかい? いやじゃあしょうがない……豆屋、あいかわらず売れるなあ。紅梅焼き屋もなかなかさかんだねえ……両方で競争してるんだねえ。紅梅焼き屋で、ぺたぺたぺたぺた、豆屋で、ぱちぱちぱちぱち、ぺたぺた、ぱちぱち、ぺたぺたのぱちぱち……どういうわけで豆屋の店さきへ鏡をかざったんだろうね、まさか豆を噛むすがたをごらんなさいというわけでもなかろうが……雷門へでましたねえ……こりゃあ、電車はあいかわらず満員だねえ」 「もしもし、あなた、じょうだんじゃない、どこへいくんです? わたしはね、仲の町のお茶屋さんまでというんで店をでたんですが、全体どこへいくんですよ?」 「ねえ、君、そんな変な顔をしなくてもいいよ。大丈夫だよ、安心しておいで。昼間だよ。わたしがにげようったってにがしもすまい? じつはね、ちょいといい心持ちになって、ふらふらとここまできてしまったんだが、これから仲の町の茶屋へとってかえすというのは億劫《おつくう》だ。ここまできたもんだから、叔父さんの家までいっしょにきておくれな。きっと勘定をするから……」 「どちらですい、叔父さんのお宅てえのは? どうもたよりないねえ、あなたのいうことは……」 「まあ、そんなことをいわずにいっしょにきておくれよ」 「ええ、そりゃあここまできちまったもんですからまいりますが、どこなんです?」 「すぐそこなんだ。田原町《たわらまち》だ。そこへいけば、勘定はむろんするよ」 「それでは、お供しましょう」 「きてくれるかい? たのむよ。じつはね、さっきからいおうとおもっていたが、その叔父さんのとこの商売というのが縁起のわるい商売なんで、ついいいそびれていたんだ」 「へえ、なんのご商売なんで?」 「早桶《はやおけ》(棺桶)屋、つまり、葬儀屋てえやつだ。おまえのとこだってお客商売だろう? ちょっといいだしにくかったね」 「へへへへ、それはどうもありがたいことで……」 「なにがありがたい?」 「そういうご商売は、てまえのほうでは、はかゆきがするなんていって、よろこびますので……」 「なるほど、はかゆきなんざあいいね。さすがに商売柄で客をそらさない。うれしいねえ。それじゃあ、叔父さんとこまでいっしょにいっておくれ。ええと、だいぶ立てかえてもらったねえ……ああ、わかってる、わかってる……ええと、それにゆうべの勘定が十四円六十銭……うん、じゃあ、こうしようじゃあないか、まあ、足代やなにやかで、もうすこしなんとかしたいんだけども……どうだい、二十円でひとつ承知してくれないか?」 「いえ、それでは、おつりになります」 「つりなんざあどうでもいいよ。そりゃあ、いまもいったように君の足代さ。で、いろいろご厄介になったから、なにかお礼をしたいねえ。こうおみうけ申すところ、失礼ながら、君の帯にだいぶやまがいった(古くていたんだ)ねえ。貝《かい》の口《くち》にきゅーっとむすんだ帯のかけが、猫じゃらしになっているなんぞは、あんまり女っ惚れはしないよ。失礼だがね、茶献上《ちやけんじよう》の帯、たしか一ペんしめただけで、叔父の家にあずけっぱなしになってるんだが、そんなものでもよかったら、あげるからしめておくれ」 「どうもおそれいります」 「なあに、礼をいわれるほどのものでもないよ……といううちにきたが、ごらん、あの、じろじろ外をみているのが叔父さんなんだ。顔はむずかしいけれど、若い時分には、かなり道楽をしたひとだ。はなしはわかるし、おれのいうことなら、なんでも聞いてくれるんだが、いきなり君がいっしょにきちゃあ、ちとこまるねえ。ちょいといってね、はなしのあらましをしてくるから、すこしここで待っていておくれ。呼んだらくるんだよ……へい、こんちは、おじさん、こんちは」 「はい、おいでなさい」 「へい、きょうはおねがいがあってまいりましたが、ぜひとも聞いていただきたいんで……」 「なんです? その聞いていただきたいってえのは?」 「ええ、おねがいというのは、(小声になって)じつは、あれにつれてまいりました若い男ですが、あの男の兄貴というのが、昨晩、急に腫《は》れの病《やま》いで亡《な》くなりまして、ふだんからふとっているところへ、腫れがまいりましたので、とても普通《なみ》の早桶ではおさまりません。で、図抜《ずぬ》け大一番《おおいちばん》の小判型《こばんがた》でなければいけないってんですが、なにしろ、かたちがかたちだけに、どこへいってもことわられまして、こちらならばというので、あてにしておねがいにあがったんですが、いかがでございましょう、こしらえにくいかも知れませんが、(大声になって)ぜひこしらえておもらい申したいんですがな」 「そうですねえ……図抜け大一番、小判型ねえ、そんなものはこさえたことはねえが……ちょいと職人のほうの手都合《てつごう》を聞いてみましょう……おいおい、どうだい、そっちは? ええ? うん、あれは、あとでもいいじゃあねえか……うん、そうかい、やってみる? いいね? そうかい……じゃあねえ、職人が、かわった仕事でおもしろいから、やってみるてえますがねえ、手間賃は、ふつうの仕事よりもよけいに払ってもらわなくっちゃあならねえが、ようがすか?」 「(小声で)いえ、もう、手間のところは、いかほどでも結構なんで……」 「そんなら、すぐにこしらえてあげますから……」 「(小声で)いや、それで一安心《ひとあんしん》いたしました。なにしろ、兄貴を亡くした上に、ほうぼうでことわられたもんですから、すこうしあたまへぼーっときて、ときどきおかしなことを申しますが、どうか気になさらないように……で、あの男がまいりましたら、『大丈夫だ。おれがひきうけた。できるから安心しろ』と、こうおっしゃっていただけば、当人もおちつくこととおもいますんで……」 「あたまへぼーっときてる? まあ、そうだろうねえ……こっちへ呼んでおあげなさい」 「ありがとう存じます。なにぶんどうかおたのみ申します……おいおい、君、こっちへおいで」 「へえへえ、どうです?」 「どうもこうもない。おじさんが、万事こしらえてくれるというから大丈夫だ……じゃあ、おじさん、この男でございますが、いま、おねがいしました……ええ、できるんでございますな、あれは?」 「ああ、できますよ。いま、こさえてますから……まあ、おまえさん、ご安心なさい」 「ああ、さようでございますか。ありがとう存じます」 「どうだい? 安心したろう? おじさんは、はなしがわかるんだから……いいかい? できたら、うけとってね。また近いうちにいくから……」 「おそれいります」 「ええ、おじさん、わたしは、ちょいと、そこに買いものがありますんで、すぐに帰ってはまいりますが、もしもさきにできましたら、この男にわたしていただけばよろしいんでございますが……じゃあ、ちょっといってまいりますから、ごめんくださいまし」 「ああ、ごめんください。ええ、小僧や、たばこ盆を持ってきな……さあ、おまえさん、こっちへおかけなさい」 「へえ、ありがとう存じます。もう結構で……」 「いや、いま、すこしあいだがありますから、どうぞおかけなすって……」 「では、ちょっと失礼させていただきます……どうもおいそがしいところを、とんだごめいわくをねがって……」 「いえ、めいわくたって、わたしのほうも商売だ。しかし、まあ、あとのこともあるもんだから、なるたけ心配をしなさらねえほうがようございますよ」 「へえへえ」 「お気の毒なことをしたね」 「へえ、なに……」 「で、よっぽど長かったのかい?」 「いえ、べつに長いことはございません。昨晩一晩で……」 「ふーん、ゆうべ一晩に……そりゃあおどろいたろうねえ……してみると、急にきたんだな」 「だしぬけにいらっしゃいました」 「いらっしゃいましたはおかしいね。ゆうべが通夜《つや》かい?」 「お通夜? ああ、ああ、なるほど、ご商売がらですねえ。うまいことをおっしゃいます。へえ、昨晩、お通夜をいたしました」 「どうだったい?」 「へえ、だいぶおにぎやかでございまして、芸者衆などがはいりまして……」 「へーえ、陽気なもんだなあ。なるほどねえ、めそめそしてねえで、芸者あげてさわぐなんてなあ、かえっていいかも知れねえな……仏は、よろこんだろう?」 「仏さま? ……なるほど、仏さまねえ……へえへえ、仏さまは、だいぶごきげんでした」 「ごきげんだ? いうことがおかしいぜ。いま、じきにできるんだが、ほかにいるものはないか? ほかに付きものは?」 「へえ、おそれいりますが、帯を一本やるとかおっしゃいまして……」 「ああ、帯をね。よし、心得た。おい、帯が一本付くよ……それから、帷子《かたびら》とか、笠やなんかはいいかい?」 「それは、べつになんともおっしゃいませんでしたが……」 「はあ、帯だけだよ。おまえさん、いま、じきにできるんだが、おひとりのようだが、どうして持っていきなさる?」 「へえ、てまえは、これへ紙入れを持ってまいりましたが……」 「紙入れは持ってきなすったろうが、どうして持っていきなさるんだ?」 「ええ、紙入れのなかへいれて持ってまいります」 「おまえさんねえ、よほどどうかしてるよ。しっかりしなくっちゃあいけないよ。紙入れのなかへどうやっていれるんだ? ……ああああ、できたか? こっちへだしてみせてあげな。安心するから……さあ、おまえさん、ちょっとごらんなさい。いそぎの仕事で気にいるめえが、これだよ」 「どうも、これは、ごりっぱで……」 「ほめてちゃあいけないよ。木口《きぐち》、手間代《てまだい》ともで十二円だ」 「十二円?」 「ああ、格安《かくやす》になってますよ」 「へーえ、どなたのおあつらえで?」 「なにをとぼけているんだ。おまえさんのあつらえでこしらえたんじゃあねえか」 「じょうだんいっちゃあいけません」 「おいおい、じょうだんじゃあないやね。おまえさんのおつれがそういったろ? おまえさんの兄さんが、ゆうべ、腫《は》れの病いで死んで、ふとってるところへ腫れがきたんで、普通の早桶じゃあとてもはいらないから、図抜け大一番、小判型にしてくれって……できねえってえのを、なんとかしてくれってたのまれたから、しょうがねえからこせえたんだ」 「わたしに兄貴なんぞありゃあしません……どうもさっきから、はなしがおかしいとおもっていたんだが、いま帰ったのは、おじさん、あなたの甥御《おいご》さんじゃあねえんですか? あのかたは、ご親戚なんでしょう?」 「じょうだんいっちゃあいけねえ。はじめてみたつらだあな」 「えっ?! しまった。うーん、ちくしょうめ、うまくにげられちまった」 「どうしたんだ?」 「へえ、わたしは、吉原《なか》の若い衆で、ゆうべ、あいつがあそんだ勘定ができないで、お宅へくればお払いくださるというんで……途中、湯へへえるの、めしを食うのと、ほかに立てかえの銭もたくさんあるんで……」 「そうか。それで、ようすがわかった。どうもおかしな野郎だとおもったよ。ときどき、ばかげた大声をだすかとおもうと、急にちいさな声になりゃあがって、おれのことを、おじさん、おじさんていやあがる……おめえもまぬけじゃあねえか。付き馬でもするやつは、もうちっとあたまをはたらかせな。かんじんの相手をにがしちまって、この勘定はどうする?」 「どうもとんだ災難で……なんとかひとつ、ごかんべんを……」 「それがよ、あたりめえの品なら、また、つぎへまわすということもできるが、図抜け大一番小判型てんだ。こんな水風呂《すいふろ》の化けものみてえなものは、どうすることもできねえ。まあ、そういったところで、おめえも、かんげえてみりゃあ気の毒だ。しかたがねえ、手間代のところは負けてやるから、木口代五円おいて、こいつをしょっていきな」 「じょうだんいっちゃあいけませんよ。早桶なんぞしょって、大門がくぐれるもんですか」 「なまいきなことをいうな。てめえがまぬけだから、こういうことになったんじゃあねえか。こんなものを、おれんとこにおいたってなんにもならねえ。ぐずぐずいわずに、五円おいてしょっていけ……さあ、みんなで、この野郎にしょわせろい」 「じょうだんいっちゃあいけない……ああ、なにをするんだ。ひとにこんなものをしょわせて……いたい、いたい……そんなひどいことをしなくてもしょいますよ。しょいますってば、……」 「さあ、しょったら、五円おいて帰んな」 「五円はさておいて、わたしは、もう一文なしだ」 「なに、銭がねえ? じゃあ、しかたがねえ。小僧や、吉原《なか》まで付き馬にいけ」

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  • shakuhachi-kataha
    10.02.2021 - 3 monts ago

    第24回 ミニ講座 薦僧の実態を知る!! vol.2 「三十二番職人歌合」の薦僧を読み解く!

    「三十二番職人歌合(さんじゅうにばんしょくにんうたあわせ)」

    土佐光信 画・甘露寺元長 文

    中世に制作された『職人歌合』の一つで、室町時代の明応3年(1494年)に作られたのではないかとされている。

    この歌合は「賤しき身品」の者が貴賤の別なくたしなむ「やまとの歌の道」で後世に残さんとしたものとされ、前半で「花」を歌題に一首ずつ詠み、判者は勧進聖がつとめる形である。「こも僧」は六番と二十二番とに、算おきといわれる算木(1)による占い師と対になってでている。

    【算木(さんぎ)】とは、または算籌(さんちゅう)とも言い、中国数学や和算で用いられた計算用具である。縦または横に置くことで数を表した。算木に基づく算木数字も使われた。

    以下、絵の上に書いてある歌と、詞です。

    算おき(左)

    「をくさんの さうしやうたる 花の時 風をは いれぬ五形なりけり」

    こも僧(右)

    「花さかり ふくともたれかいとふべき かぜにはあらぬ こもが尺八」

    「算道の指南 五形の相剋相生(1)を本体にて一切の吉凶を判定する事なれば花の時の相生に風をばいれぬ五形を勘あげぬるいと興あり。薦僧の三昧(2) 紙ぎぬ(3)肩にかけ、面桶(4)腰につけ、貴賤の門戸によりて尺八ふく外には、別の業なき者にや。されば、ふくとも誰かいとふべきといひて 風にはあらぬ尺八とよめるに、花盛とをける五文字、風なき花の時節、ふく尺八の興は、一しほなるべく、いふだせるよう尤(ゆう)よろし。

    算おきの五形よりも、こも僧の一曲やさしくきこゆるにや」

    【相剋相生(そうこくそうせい)】五行思想・お互いに力を弱め合う関係と、互いが相乗効果で良い相性を生む関係。

    【三昧】サンスクリット語で、仏教やヒンドゥー教における瞑想で、精神集中が深まりきった状態のことをいう。

    【紙ぎぬ】渋紙を揉み柔げて作った布。

    【面桶(めんつう)】曲物の食器。

    このこも僧の有り様は紙衣を肩にかけ、面桶、つまり乞食が常用した容器を腰に下げ、貴賤の門前で尺八を吹いて物乞いをしたとされる。そして最も注目したいのは、尺八を吹く職能だけを持つ事が最大の特徴とされていることである。

    乞食行為については、第二十二番の述懐でも表現され「薦僧は、多数いる下等の法師という意味の糟法師の様態にたとえ味噌屋や酒屋に施物をもらう糟法師(1)は、声が尺八に変わって薦僧であっても、茶がわり=糟を乞い、つまり役に立たない糟法師だと詠む。以上から、薦僧は尺八を専業とする乞食法師であったとすることができる。

     【糟法師(かすほうし)】法師をけなしていう。 

    薦僧の図像では、「門戸によりて」とあるのに対し、足を組んですわり、尺八を吹いている。この矛盾は、番を対面させる絵画技法の制約によるか、実際に屋敷内、辻、橋、樹下などでこの芸態をとったことによると考えられる。

    ここで、薦僧は胡座(あぐら)をかいていますが、「七十一番職人歌合」の暮露は正座でしたね。日本で尺八を演奏する場合、演奏者は椅子ではない場合、ほぼ100%正座です。プロの演奏家で人前で胡座で尺八を吹く人はいないと思います。なぜなら胡座では腹式呼吸がしにくいのもありますし、お腹に力が入りません。私は師匠に正座で吹きなさいと教わりました。ところが、座禅のイメージがあるのか海外の人で時々あぐらで尺八を演奏している人を見かけますね。私は新しいスタイルだと認識しています。どのように演奏するかは個人の自由ですが、古典本曲は瞑想や座禅のためのものではないので、胡座はおすすめできません。頑張って正座しましょう。

    禅の修行と尺八の修行は分けて考えるべきで、これは久松風陽さんの「独言」Hitori Kotobaに表現されています。

    そして、薦僧の風体について、詞(ことば)にある紙衣と面桶は確認できるが、さらに詞にない巻き薦を後ろに置いている。名称との対応を考えると、薦の所持は重要である。このほか、頭髪が茶筅髪(ちゃせんがみ)であり、髭を生やしていることが指摘できる。

     参考文献

    「十七世紀における虚無僧の生成」保坂裕興

    「尺八の歴史」上野堅実

    さて、前回の「七十一番職人歌合」では、暮露は通事(通訳)に負けてしまいましたが、今回は薦僧が勝ったようです✌️

    「花さかり ふくともたれかいとふべき かぜにはあらぬ こもが尺八」

    この歌はどうやら謎々のようです。

    片羽流 翻訳

    「満開の桜の花、吹いても吹いても嫌われないものなーんだ?風じゃないよ、薦僧が吹く尺八でした〜♪」

    なんて、訳でよろしいでしょうか(笑)

    薦僧のわりには明るい歌でしたネ。

    今年は桜の満開の時期に意地悪な天気にならないといいなぁ🌸

    せめてゆっくり目の保養をしたいものです。

     

     

    ...

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  • yfuga
    03.02.2021 - 3 monts ago

    2021/02/03 タイマグラの記憶

    どうしても今、行かなければという気がした。久々の呼ばれている感覚だった。 山道が怖くて、三陸鉄道に乗った。盛駅に車を置いて。車窓から臨む広い吉浜の海や、大船渡の人々の生活、せっかく電波の無い場所へ行くのだからとスマホを閉じパソコンをしまう。ああ、もう少し荷物を少なくしたかった。軽くて容量のあるバックパックも必要だ。

    川井駅に来てくれたトトさんは、ヤマザキショップで買い物をして牛乳一本だけ抱えて出てきた。必要なものだけを手に取るのだな。

    タイマグラまでの路は想像以上に雪に覆われてツルツルだった。バンガローのすぐ横の山小屋は機密性ゼロ。家族4人と私で薪ストーブを囲う。大根餅(炒めた大根とニラ、米粉を練る)が美味しかった。

    17時、お風呂。薪で沸かすタイプ。「湯加減いかがですか」と生さんが聞いてくれる。桶が床に凍ってへばりついている。シャンプーも凍って出なかった。持ってきたドライヤーは、なんか違う気がして、使わずしまった。

    夕飯を食べてすぐ、長男の大樹さんが玉ねぎを炒め始めた。じりじりじりとじっくり、ただひたすら炒めること30分くらい?カレーの玉ねぎはそんなにも時間をかけてじっくり炒めるのか。「飴色になるまで炒める」と文面で見るのと、その様子を横で眺めるのとは全く違うのだな。「ただそれをする」という状態をぼーっとみながら感心した。私ならきっとスマホをみたり動画を流しながら何か効率的に、と考えてしまうだろう。

    じゃがいもを外に並べて寝た。

    朝、6時にみんな起き始める。ゆたんぽふたつ入れた布団は寒く無い。が、コンタクトレンズが液ごと凍っていたのにはちょっとびっくりした。色々凍っている。なぜか充電できてい無いiphoneは、低すぎる気温のせいだった(翌日はゆたんぽであっためることにした)。

    -19.5度、-20度、と騒いでいる陽子さん。-20度になれなれと言って温度計を動かす。facebookで友人たちのマイナス気温自慢をみていた。本当にこの暮らしを楽しんでいるように見えた。

    橋まで歩いて行った。枝先に氷がついている。なんと表現したらいいのか。氷に朝日が差し込むと一斉にキラキラと輝き出す。日を浴びた木々も、ピンク色に染まった早池峰山の山頂も、息を飲む美しさだった。

    凍った枝が溶けてくると、ピシっという音が響く。

    朝ごはんはスパイスのパン、ジャガイモを焼いてスパイスで味付けしたもの、ひじきのナムル(オリーブオイルで炒めて酢につけた?)、生さんの淹れるガブガブブレンド。

    シミホドを作る。凍ったじゃがいもをお湯でふやかして皮をむく。ワイヤーに通してネックレスのように輪にする。川へ持って行って木に吊るし水に晒す。2週間といったっけ。雪にぽんと置いて、赤く色付かなければアクが抜けた証拠。それを干して、臼でつついて粉にして保存するらしい。粉を水で溶いて練って三角に整形し、鍋にいれて食べる。食感は「ツカツカ」。

    昼、大樹さんの作る肉まん。もちろん生地から。発酵は湯たんぽで。肉はラム肉。ガラムマサラ?少々と、なんか難しい名前のスパイスを入れていた。肉汁がすごい、美味しすぎる。2個食べてお腹いっぱい。

    雪が降り出して、散歩に行けないままストーブの前に座って本を読んだりトトさんと話したりして夕方になる。遠野の馬の本や、澄川さんの本、物には心がある(鮭の皮が靴底に)、ダムになった町の本、などを読んだ。

    マンボウは何を食べているの?とか、トチの実的な話(扁桃腺のはれに効く日本の薬草)、タロとジロの話、トトさんの木の話(毒を食べたら、なんとか桜の木の炭がいい、ちなみにサクラとは咲くの複数形で、花がいっぱい咲いている木はサクラと呼ばれていた)を聞いたりしていると、自分の知識のなさにちょっと情けなくなった。せめて自分のフィールドの話ができるくらい、勉強しておきたいじゃないか。

    生さんの作る、鹿の皮をなめしたものを見せてもらった。エプロンや皮小物を作りたいという。彼の撮る写真は美しいし、美しい世界の中に住んでいたらそれはカメラを常に手元におきたくなるとおもった。

    夜、サグカレーに揚げたチーズ、熊肉のステーキ(脂が多くて大変!)、トトさん自家製のワインと陽子さんのコーラ。夜、少し話し疲れたか。凍らないように、コンタクトレンズと一緒に寝た。

    朝、8度(今日は何度でしたかと聞いたら、陽子さんがぴったりとあてた。)。ちなみに〜度、というとき、もはやマイナスはつけないが当たり前に氷点下。窓のない納屋で寝ている生君、すごすぎないか?

    昨日のように凍った枝先は見られなかった。雪が降っていた。もっと散歩したかったな。なにより良いのは、木々に囲まれていること。自然の音だけが耳に入る環境。独特の静けさがある。この環境が好きだ。

    10時頃には家をでた。シエンタに乗って送ってもらう。あっという間だったな、もっと話したかった。心は穏やかで、静かだった。

    帰り、タミゼでパンと、さとう衣料店で靴下と珈琲豆とミルを買って帰る。そういえば、トトさんの靴下はびっくりするくらい大きな穴が開いていた、縫って大事に一足を履く、ということを私もしてみようか。

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  • hi-majine
    29.01.2021 - 3 monts ago

    上方落語「佐々木裁き」

     嘉永《かえい》年間に、大阪西町|奉行《ぶぎよう》にお坐りなりました佐々木|信濃守《しなののかみ》。大阪の与力《よりき》、同心《どうしん》が、賄賂《わいろ》をとりすぎてこまる。意見のひとつもとおもうてござる矢さきへ、大阪へ交代《こうたい》。土地の勝手がわかりません。与力、同心の意見をしにきながら、その与力、同心に土地の案内をさすわけにはまいりませんので、毎日、町をおしのびでおあるきになります。  ある日のこと、田舎ざむらいというこしらえで、家来をひとりおつれになりますと、お役宅をおでましになりまして、すぐ浜通りを南へ、末吉橋《すえよしばし》付近までまいります。八刻《やつ》ごろ(午後二時ごろ)で、七《なな》、八歳《やつつ》から十二、三ぐらいまでの子どもが、七、八人あそんでおりまして、なかで、ふたりが荒縄で手をくくられております。  縄のはしを持った子どもが、竹切れを十手の心持ちで、岡っぴきというかっこうでございます。  お奉行さま、ごらんになり、 「これ、三造、いかがいたしたのであろう? 子どもを荒縄でゆわえておるが……」 「一応とりしらべまして……」 「いやいや、ところ変われば、あそびも変わる。上方では、かようなあそびが流行《はや》るのじゃろう。なにをいたすか、みるといたそう。ついてまいれ」  お奉行さまが、うしろからついてまいりますことを、子どもは存じません。末吉橋をわたると、安綿《やすわた》橋、南づめが、住友《すみとも》さまの浜のとこへまいりました。浜に材木がたくさん積んであります。そのあいだからござを二枚だして、くくられた子を坐らせまして、材木のはしへ子どもが手をつかえ、「しいっ」と制止の声をかけますと、うしろからでてまいりましたのが、年ごろ十二、三、寺子屋もどりで、顔は墨でまっ黒にした、いたずらざかりの子どもでございます。 「これ、両名の者、かしらをあげい。道路において口論の上、喧嘩《けんか》をいたしたよしである。そのしだいを有体《ありてい》に申しあげい。かく申すそれがしは、大阪西町奉行、佐々木信濃守、つぶさにうけたまわるぞ」 「これ、三造、聞いたか? かの奉行は、余《よ》と同名《どうみよう》であるな。ははははは……佐々木信濃守と申しておる」 「子どものたわむれごととは申しながら、あまりのふるまい、一応とりしらべまして……」 「いやいや、子どものたわむれごとじゃ、すておけ、すておけ」  お奉行さまがごらんになっておりますと、竹を持った子どもが、 「これこれ、往来に立っているさむらい、吟味《ぎんみ》の邪魔じゃ。わきによってひかえておれ」  ひどいやつがあるもんで、お奉行さまを竹で追うております。 「おもてをあげい。なにゆえに口論いたしたか?」 「おそれながら申しあげます。わたくし、町人で、物知り、物知りと申しますけど、もの、知りませんので……そうすると、この菊松という子どもが、『もの知りならたずねるが、一つから十までにつがあるか、ないかと申します』『つがあるか、ないか、そんなことは知らん』といいましたら、『知らんくせに、もの知りやなんていうな』と、申したのが喧嘩のはじめだす。お役人のお目にかかりまして、かくのしだい、なにぶんご憐憫《れんびん》を持ちまして……」 「菊松とやら、たずねたか?」 「へえ、あまりもの知り顔して、いばりますさかい、一本、突っこんでやったのだす」 「きょうは、さしゆるす。以後は、喧嘩いたしては相ならんぞ。下役の者、両名の縄をといてつかわせ」 「ありがとう存じます。お奉行さままで、ちょっとおたずねいたします。一つから十までに、つがあるものでございますか、ないものでございますか?」 「一つから十までにはつが、そろうているわい」 「それでも、十つとは申しゃいたしません」 「十つとはいわぬが、一つから十までのうちに、一つぬすんでいるものがあろう? ……わからぬか? 一つ、二つ、三つ、四つ、五つつ……五つのつをとって、これを十につければ、十ながらつがそろうているわい」 「おそれいりましてござります」 「道なかにおいて、口論の上、喧嘩をいたし、上《かみ》多用のみぎり、手数をかくる段、ふとどきのいたり、重き刑にもおこなうべきところ、格別のご憐憫をもってさしゆるす。以後、喧嘩、口論いたせば、きっと究命《きゆうめい》申しつけるなり。その旨、心得て、立ちませい」  わきで聞いておいでになりました佐々木さまが、 「これこれ三造、他の子どもはかまわんが、あの奉行をいたした子ども、親あらば、親もろとも、町役人《ちようやくにん》つきそい、西役所まで、即刻出頭いたすように……」 「やあ、お奉行さんは、四郎やんが、いちばんうまいわ。あしたから、奉行、あんたにきめとくわなあ。さいなら」 「さいなら」 「さいなら」 「さいなら」  ばらばら左右へわかれて、帰りました。  佐々木さまのご家来は、みうしなわぬようにと、あとをつけてまいりますと、子どもというものは、まっすぐに帰らぬもので、あっち寄ったり、わきみをしたり、佐々木さまのご家来はうろうろしております。  ようやく帰ってまいりましたのが、松屋表町、桶屋のせがれで、おやじは、いっしょうけんめいに仕事をしています。 「ただいま」 「早《は》よ帰れやい。あそびにださんとはいわんに、いったん帰ってからあそびにでい。これ、あそぶのもええが、子どもらしいあそびをせいよ。ご番所などしてみたり、盗人《ぬすと》などしてみたり……ちょっとええ役さしてもらわんかい。盗人役ばっかりさされたり、おもてをくくられてあるきやがって、みっともないがなあ。その上に、竹で尻《しり》をびゅーびゅーたたかれたり……尻が紫色にはれあがってるがな。親は、夜通しさすってやってるのがわからんのか?」 「いや、おとっつぁん、いろいろ苦労かけてすまん。けどなあ、まあ、安心して、わいもきょうから奉行とまで出世した」 「あほなこというない」 「あれな、みんな、東《ひがし》さんでやるのやけど、東のお奉行さん、大根《だいこん》で評判がわるいさかい、わいは、西でやった。こんど江戸からでてきよった佐々木信濃守や」 「これこれ、店の端《はな》でそんなこというてたらあかん。こんどの西のお奉行さまは、いたってこわい人や」 「ああ、ゆるせ」 「ひえー」 「この子どもは、てまえがたの子どもか? 身は、西町奉行佐々木信濃守の家来じゃ」 「それそれ、いわんことやないがな。あの……どんなそそうをいたしましたか存じませんが、相手は子どものことでございますので……」 「いや、この町名はなんと申す? なに? 松屋表町か? そのほうは?」 「高田屋綱五郎と申します」 「せがれは?」 「四郎吉と申します」 「年齢《とし》は?」 「四十六でございます」 「たわけめ、子どもの年齢じゃ」 「十三でござります」 「そのほうつきそい、町役《ちようやく》つきそい、西役所まで即刻でるように……町役へは、このほうが申しつけおく。よいの?」  自身番へ寄って、そのままお帰りになります。町内は、ひっくりかえるようなさわぎで……家主が自身番にまいります。 「こら、旦那さま、ごくろうさん」 「なにかい、吉助、このへんの子どもは、そんなことをしてあそぶのかい?」 「なんぼいうても聞いてくれやしまへん。ことに桶屋のむすこときた日には、わてらのいうこと、ばかにしてしまいます……ああ、四郎吉のやつ、きよった」 「ご用の多いとこをどなたも、ごくろうさん」 「旦那さま、お聞きなしたか? 四郎吉のいうこと……あの通りでやすやろ? 大きいもんが心配してても、かんじんの本人は、げらげらと笑うて、ご用の多いとこをごくろうさん……葬式でもたのまれてるような気でいるのですさかいなあ」 「これ、四郎やん、おまえ、また、お奉行さんごとをしてたのやないかい?」 「へえ、住友さんの浜のとこで……」 「難儀やなあ。子どもらしいあそびをしてくれりゃあええのに……だれもみていやへなんだか?」 「小紋の羽織を着たさむらいが立ってみてました」 「おさむらい? その羽織に紋でもついてやへなんだか? 気がつかなんだか?」 「へえ、四つ目の紋がついてました」 「へえっ、ひえー……四つ目? ……佐々木さんでやす。いいえ……油断《ゆだん》がならんのでおます。近ごろ、町をおしのびでおあるきになりますさかい、これ、四郎やん、なんぞそそうでもしたのやないか?」 「わては、なんにもしやしまへん。けど、木屋《きや》の友吉どんが、『往来に立ってるさむらい、吟味のじゃまじゃ、わきへ寄っとれ』ちゅうて、竹で追うてました」 「それは、なにをしやがるのや。お奉行さんを竹で追うやつがあるかい」 「あたい、知りまへんがなあ。ありゃ、下役のほうの係《かか》りでやす」 「なんの、下役のやつもくそもあるかい」 「こりゃ、えらいことをしたで……このたたりにちがいない。おい、綱やん、こりゃ、四郎やんは、無事でもどれんで……」  これを聞いたおやじさんはまっ青になりました。  そのまま、多勢で奉行所へまいります。  一同、腰かけにひかえているうちに呼びだされて、お白洲《しらす》へはいりました。  お奉行は、ご用|繁多《はんた》でございますから、たいていのものは、吟味与力《ぎんみよりき》がしらべます。よほど重大事件でないかぎり、ご前《ぜん》吟味というものはなかったと申します。  町役人などは、公事《くじ》ごと(裁判)になれておりますから、なにも子どものそそうぐらいだから、吟味与力がしらべるだろうと、おもっておりますと、「しいーっ」と、警蹕《けいひつ》の声とともに、ご出座になりましたのが佐々木さまでございますから、一同のおどろきはたいへんなもので…… 「松屋表町、高田屋綱五郎、町役一同でましたか?」 「おそれながら、ひかえましてございます」 「四郎吉とやら、おもてをあげい……おお、たしかにそのほうじゃ。余の顔にみおぼえがあろうのう?」 「やあ……さっき、住友さんの浜で立ってたさむらいやなあ」 「うん……さきほどは、吟味のじゃまをいたしてすまんのう」 「いいえ、どういたしまして、これからもあることで、以後、気をつけてもらいます」 「そんなことをいうな」 「これ、家主、すておけ……はははは、いたらぬやつが多いので、上《かみ》に苦労の絶え間がないのう」 「へえ……ご同様に事務多忙です」 「そんなこというない」 「これ、家主、すておけ……『道なかにおいて、口論の上、喧嘩いたし、上、多用のみぎり手数をかくる段、ふとどきのいたり、重き刑にもおこなうべきところ、格別のご憐憫をもってさしゆるす。以後、喧嘩口論いたせば、きっと究命申しつけるものなり。その旨心得て立ちませい』と申したのが、裁《さば》きのおわりのようじゃのう」 「へえ、そうだす」 「ああいうことは、寺子屋で教えるか?」 「あんなこと、寺子屋で教えますもんかいなあ」 「しからば、本の端《はし》くれにでも書いてあったのか?」 「あほらしい。本にも、なんにも書いてあらしまへん。あんなあそびかたみられたら、一ぺんに怒られます。けどなあ、きのうまで、盗人ばっかりさしよった。盗人やったら、くくられたり、たたかれたり、痛うてしょうがおまへんさかい、わても、一ぺんお奉行さんさしてくれんかいいうたらな、奉行さんは、とんちがいる。どんなむりなことでも、即座に裁きができなあかんちゅうので、ほなら、一ぺんやってみようかちゅうて、はじめて、きょう、あたいがやりました。きょうのは、あたいのとんちだす」 「さようか。よくあれだけの難題を即座に裁きがとれるのう」 「そら、なんでもないことだす。高いとこへあがって、ぽんぽんいうてにらんでいばってますのや。どんな裁きでもとれます。高いとこからいばってるばっかりで、裁きのできんお奉行さんが大阪へきたら、大阪は、くらやみやないか?」  お奉行さんに赤い顔をさしよった。 「しからば、余のたずぬること、いかなることでも返答いたすか?」 「へえ、どんなことでもいいます。けどなあ、あんたは、そんなとこでいばってなはるし、あたいは、砂利の上でおじぎしてるし、返事しようとおもうたかて、位《くら》い負けして、返事がつまってしまいます。あたいも、あんたとおなじとこへ坐らしておくれなはったら、どんなことでもいいます」 「うん、かわいいやつ。ゆるす、近《ちこ》うすすめ」 「ほんならごめん」 「ちょっと、ちょっと、吉助はん、せがれをつかまえとくなはれ。せがれは、気がちごうて、お奉行さんのそばへいきます」 「これこれ、綱五郎とやら、お奉行のおゆるしがでたからよいのじゃ。すておけ、すておけ」 「いえ、そやけど、子どものことで、もしもそそういたしましたら、申しわけがございません」 「よいと申すに……くどい、ひかえておれ」  おやじがしかられておりますうちに、子どもは、つかつかと遠慮もなくお奉行さんのそばへ、ぴたりと坐りました。 「これ、四郎吉、夜にいると、空に星がでるのう」 「へえ、お星さんなら、夜やのうても、昼間でもでてます。けどなあ、お日さまのお照らしが強いさかい、われわれの目にはいらんのです」 「うーん」  お奉行さん、はじめに負けておしまいになりました。 「あの星の数は、いくつあるものか、そちは、存じおるか?」 「へえー ……ふん……お奉行さま、あんた、このお白洲の前の砂利《じやり》の数は、いくつあるか、知ってなはるか?」 「白洲の砂利の数が、わかろうはずがない」 「それ、ごろうじませ。手にとってみられるものでもわからんのに、手のとどかぬ空の星の数、そんなもの、わかるはずがないやござりまへんか」 「ふーん……こら妙《みよう》じゃ」 「これが、とんち頓才《とんさい》で……」 「しからば、そのほう、天へのぼって、星の数をしらべてまいれ。余は、そのあいだに、砂利の数をしらべておこう」 「へえ……天へのぼりまんのか? ……かしこまりました。しかし、はじめてまいりますとこで、道の勝手を存じまへんさかい、道案内のおかたをひとりと、往来切手をおさげわたしねがいます」 「いや、こりゃ妙じゃ」 「これも、とんち頓才だす」 「うーん……みごとみごと。これこれ、申しつけたる品をこれへ……」  ご家来が、三宝の上へ、おまんじゅうを山のように盛って、四郎吉の前へ持ってまいりました。 「四郎吉、つかわす、食せ」 「これ、あて、もらいまんのか? ……ほんなら、よばれます……いや、こら、上等やなあ。白あんやな……おとっつぁんが、いつもなあ、虎屋のまんじゅう買うて帰ってくれます。そやけど……このほうが上等や」 「ほう……父は、まんじゅうをくれるか。して母は、なにをくれるか?」 「おっかはんは、なにもくれしまへん。ときどき、叱言《こごと》をくれます」 「みやげをくれる父、叱言を申す母、父母のうち、どちらがよいか? また、どちらが好きじゃ?」 「こう、ふたつに割ったまんじゅう、どっちがおいしいとおもいなはる?」 「いや……こりゃ妙じゃ」 「こんなことぐらい、なんでもないことや。たれぞ、茶一ぱい汲んでんか?」 「茶をとらせ、茶をとらせ」 「はあ……おかしいなあ。お菓子やらは、高台《たかつき》の上へ乗せてくるのに、三宝の上へ乗せてある」 「四方あるものを、三宝ととなえるは異《い》じゃのう」 「ほなら、ここにいるさむらい、ひとりで与力《よりき》というやないか」 「ふーん、妙じゃ。しからば、与力のついでにたずぬるが、与力の身分は、どういうものじゃ? 存じておるか?」 「へえ」  しばらくかんがえておりましたが、袂《たもと》から、起きあがりこぼしのだるまをだして、むこうへ投《ほ》りました。 「あの通りでおます」 「あの通りとは?」 「身分の軽いもので、お上さまのご威光をいただいて、ぴんしゃん、ぴんしゃんと、はねかえっております。そやけど、どれも、これも、腰のないやつばっかりだす」  ひどいことをいいだしました。お奉行さん笑いながら、 「ふん、いかにも与力の身分は相《あい》わかったが、与力の心意気は、どういうものか、存じおるか?」  また、しばらくかんがえておりましたが、 「だれか、天保銭《てんぽうせん》一枚おたのみ申します」 「これ、当百をとらせ」  四郎吉は、ふところから紙をとりだしますと、かんぜよりをこしらえまして、だるまのあたまへ結《ゆわ》えて、よいと、むこうへ投げますと、こんどは、銭がついてますので、だるまさん、立たずに、横にごろりと寝ております。 「いやあ、あの通りだす」 「あの通りとは?」 「とかく金のあるほうへかたむくわ」  えらいことをいうて、賄賂《わいろ》、まいないをすっぱぬいてしまいました。  与力、同心衆は、えらいことをいいよる、よけいなことをしゃべるなあと、うつむいてござる。  一方には、りっぱな与力もございますから、この小僧は、にくにくしいやつじゃと、にらみつけてござる。  お奉行は、「それみろ、わずか十五歳にたらぬ子どもですら、これくらいのことを申す。なんじら、賄賂、まいないをとるゆえに、民百姓は、どのくらいこまりおろうぞ」と、じっとにらみまわされます。与力衆は、もうふるえあがるような顔つきでございます。 「四郎吉、以後は、さようなことを申してはならんぞ」 「おたずねになったのでいうただけで、ほんの座興《ざきよう》だす」 「座興か、あはははは……さて、四郎吉、あの衝立《ついたて》の仙人、なにかささやきばなしをいたしておる。なにを申しているか聞いてまいれ」 「……へえ、聞いてまいりました」 「なんと申しておった?」 「佐々木信濃守は、あほやと申しておりました」 「なに?!」 「いえ、佐々木信濃守は、あほやと申しております」 「だまれ!! おそれ多くも、将軍家のおめがねにかない、大阪西町奉行を相つとめる佐々木信濃守、ばかで奉行がつとまるか」 「わたい、知りまへん。仙人が、そないにいいます」 「なにがばかじゃ? 聞いてまいれ」 「……へえ、聞いてきました」 「なぜ、ばかと申した?」 「画に描いたものが、ものいいそうなことがない。それを聞いてこいというのやさかい、佐々木信濃守は、あほや」 「いやあ、こりゃ妙じゃ。高田屋綱五郎、さてさてよいせがれを持ったのう」 「なんや、さっぱりわけがわかりまへん」 「四郎吉、十五歳にならば、余が近習《きんじゆ》にとり立ててえさす。それまで四郎吉に学問をしこみ、心して育てくれよ。町役一同、四郎吉に目をかけ、養育いたしくれよ」  高田屋綱五郎はじめ、町役一同、どんなおしかりをうけるかと心配いたしておりましたが、一足とびに士分《しぶん》に出世というのでございますから、たいへんなよろこびようでございます。 「これ、四郎吉、そちは、きょうより、余《よ》の家来じゃぞ」 「いやあ、きょうからさむらいやなあ……それで、名大将の名前ができました」 「名大将の名前とは?」 「あんたが佐々木さんで、おとっつぁんが高田屋綱五郎、わたしが四郎吉でっしゃろ? あわせて佐々木四郎高綱や」 「ふーん、佐々木四郎高綱……とは、余が先祖じゃぞ……四郎吉、そのほうも源家《げんけ》か?」 「いいえ、わたしは、平家《へいけ》(平気)でおます」

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  • hi-majine
    14.01.2021 - 4 monts ago

    上方落語「あわび貝」

     落語にでてまいります亭主は、いつもかかあの尻《しり》にしかれているくらいの男でないと、どうもおもしろいことはございません。 「おい、かかあ、いま、もどってきたぞ。腹がすいた。めし食おか」 「ようそんなことをいうてもどってきたなあ。朝からどこをうろついてたんや?」 「うん、朝、表《おもて》で空をながめてたんや。そこへ由《よし》さんがきやはって、『喜《き》いやん、なにしてるのや?』とたずねられたので、『空をながめてるのや』というたら、『そんな空をながめてたら、鳥に糞《ふん》をかけられるぜ。それより、お城の堀《ほり》へいといで、龍宮の乙姫《おとひめ》はんが首をだしはる』というさかいに、みにいったんや。けど、ちっともでてきやへん。そこで、通ってる人に聞いたら、その人が、おれの顔をみて、くつくつと笑《わろ》うて、『龍宮の乙姫はん、いつもでてはるのやけど、きょうはやすみや。また、あしたおいで』といわれたさかい、ぶらぶら帰ってくると、万さんに道で逢うたのや。『喜いやん、どこへいたのや?』と、たずねられたので、『堀へ乙姫はんみにいたのや』というたら、万さんが、『あほやなあ。堀へ乙姫はんがでるもんかい。それより天神橋へいてみい。いま、くじらが泳いでる』と、いうたよってに、また、天神橋へ走っていたら、くじらもなにも泳いでへん」 「あたりまえや。川にくじらがいるかいな」 「いんともいえんで、このあいだな、干物屋《かんぶつや》の表を通ったら、『かわくじらあり』と書いてあった」 「あれは、くじらの皮を売ってはるのやがな。あほやなあ、みんなになぶられて……」 「なんでもかまへん。早よめし食わして。腹がすいて、虫がきゅうきゅうというてるのや」 「鳩《はと》みたいに、餌《えさ》時分になるともどってくるのやな。食べるちゅうても、ごはんがあらへん」 「なかったら、炊《た》かんかいな」 「炊くお米が、あらへんがなあ」 「なかったら、米を買うといてんかいなあ」 「買うにも銭《ぜぜ》があらへんやないか。どないにするのや?」 「おほっ……腹はぺこぺこやわ、めしはない、米はないわとすると、どないになるのや?」 「あしたから精だしてはたらきなはれ。銭《ぜぜ》さえ持ってきやはったら、どんなものでも食べさしてあげる」 「あしたから、心をいれかえてはたらくよって、きょうのところは、かかあ、めしを食わして……」 「情けない人やなあ。それやったら、奥の田中はんとこへいて、三十銭借りといなはれ」 「あかん。ことわられるぜ。きのう三銭借りにいたら、貸せんといいおった」 「あんたがいうたら貸してくれんわ。あたしがいうてるというたら、貸してくれてや。そういうて、いっといなはれ」 「さよか……田中はん、こんにちは」 「おう、喜いやん、なんぞ用か?」 「へえ、うちのかかあがいうてるね。ちょっと三十銭貸しとくなはれんか?」 「おさきさんがか? 三十銭でええか? 五十銭持って帰るか?」 「こらっ!!」 「なんじゃ? 目をむいて……」 「わしが三銭貸せというたら、貸せんと、ぼろくそにいうておいて、かかあやったら、三十銭でええか、五十銭持って帰るかと? ……ははーん、おのれ、ちとあやしいぞ」 「あほなことをいうない。おまえに貸したら、持ってきたことがない。おさきさんやったら、きっちりと返済《かや》しなはる人やよって貸そというのじゃ。長屋は、みな、おたがいやがな。さあ、三十銭持っていき」 「へえ、おおきに……しかし、うちのかかあは、ええ顔やなあ。こんどから、借《か》るとき、かかがいうてるというて借ったろ……おーい、かかあ、借《か》ってきたぜ。米買《こ》うてこか?」 「いいえ、それでお米を買うのやないわ。横町《よこまち》のさかな屋へいて、なんぞおかしらのついたさかなを買うといなはれ」 「なにいうてんねん。三十銭がさかなを買うたかて、お腹がふくれますかい」 「うちで食べるのやないの。横町のお家主さんとこへ持っていくのやがな」 「おまえ、あほやなあ、ふたりがお腹すかして、家主さんとこへ持っていて、食べてもろて、こっちら、お腹が大《おお》けいならへん」 「あのな、お家主さんとこへ持っていくのは、こんど、お家主さんの若旦那が、嫁はんをもらやはったさかい、そのお祝いにおさかなを持っていくのや。すると、むこうさんは、張りこみ手(気前のいい人)やさかい、三十銭のものを持っていたら、まあ、五十銭の祝儀《おため》をつつんでくれるわ。そしたら、そのうち三十銭田中はんにかえして、二十銭で、お米とおかずを買うて食べますのや」 「えらい、えらい。なあるほど、おまえは、よっぽどえらいなあ。三十銭を五十銭に化けさすのやな」 「たぬきやがな」 「それほどの知恵がありながら、なんで勲章《くんしよう》がさがらんのやろ?」 「あほなことをいうていずと、早よいてきなはれなあ」 「よっしゃっ……ごめん、さかな屋の大将、なんぞあるか?」 「へえ、おいでやす。まけときます。なんぞ買うとくなはれ」 「ぎょうさん(たくさん)ならんだるなあ……あの、そこにある金魚の親方はなんぼや?」 「金魚の親方? ……あははは、鯛《たい》だすかいな?」 「それなんぼや?」 「これ、まけて、一円八十銭にしときますわ」 「おお高《たか》、三十銭にまからんか?」 「そんな無茶をいいなはんな。一円八十銭のものが三十銭にまかりますかいな」 「そんなら、むこうにあるうなぎの親方、あれなんぼや?」 「あんた、なんでも親方だすなあ。あら、はもだすがな。あら六十銭だす」 「あれ、三十銭にまからんか?」 「とてもまかりまへん」 「こっちにあるしらみの親方は?」 「しらみの親方? ……ああ、それはいかだす」 「これなんぼや?」 「二十五銭だす」 「おお高、三十銭にまかりまへんか?」 「ふふふふふふ……あんた、よっぽどかわってますなあ。二十五銭のものを三十銭に値切る人がおますかいな」 「笑いなあ。じつは、腹がすいて、ぽーっとしてるのや……あのな、はなしせなわからへんのや。というのが、腹がぺこぺこでうちへもどってきたら、めしはない、米はない、しかたがないよってに、奥の田中はんとこで、三十銭借りてきて、なんぞさかなを買うて、家主のうちへ持っていくのや。うん、家主の若旦那が嫁はんもろたさかい、その祝いに持っていくのや。むこうは派手なうちやで、祝儀《おため》に五十銭くれる。そこで、田中はんに三十銭かえして、あとの銭で、米とおかず買うてめしを食おうというのや。こら、うちのかかのかんがえだすのや。うちのかか、ずいぶんえらいやつだすやろ? まあ、人間ふたり助けるとおもうて、なんでも結構だすさかい、まけとくれやす」 「あんた、いよいよおもろいおひとだすなあ。よろしい。まけたげまひょう。ここに、あわびが二はいおます。これ、一ぱい二十銭に売ってましたけど、二はい三十銭にまけときます。これ、持って帰りなはれ」 「いや、おおきに……ほな、これもろうて帰りますわ……かか、買うてきたぜ」 「横町のさかな屋まで、なんぼかかってるのや。早よ帰りんかいな」 「そないにぽんぽんいうない。おかしらつきのさかなは、みな高いのや。しかたがないさかい、田中はんとこで三十銭借ったことから、家主へ持っていくこと、みないうて、生貝《なまがい》二はい、三十銭にまけてもろうてきたのや」 「あほやなあ、そんなこと、さかな屋でいうてくる人があるかいなあ……生貝を買うてきてやったんか。えらいものを買うてやったなあ。まあ、しかたがない。お家主さんとこへ持っていきなはれや……しかし、きょうは、だまっていくわけにはいかんのや。口上をいうていかんならんのや」 「口上やったら、この前、上町《うえまち》のおじさんとこへいていうた口上でいかんやろか?」 「どんな口上だしたいなあ。あたい、ころりとわすれてしもうたがな」 「おじさん、もっと早よきんならんのやけど、よう寝てたものやさかい、おそうなって……しかしなあ、もう大丈夫だす。自動車ポンプが五台もきてるさかい……」 「あほやな。嫁はんもらやはったとこへ、火事の口上いうていく人があるか。教《お》せたげるで、口上をおぼえていきなはれや。いったら、手をつかえて、『こんにちは、結構なお天気でござります。うけたまわりますれば、お宅の若旦那さまには、お嫁御《よめご》さまをおもらいあそばしたそうで、おめでとう存じます。これは、まことにおそまつでござりますが、長屋のつなぎ(いっしょにおくる品)のほかでござります』……これをようおぼえていきなはれや。長屋のつなぎのほかを……長屋からも祝いものがいくが、長屋のつなぎのほかをいわんと、祝儀《おため》をもらう都合《つごう》があるさかいな……『おそまつではござりますが、お目にかけます』と、早よいてきなはれ」 「それは、だれがいうのや?」 「あんたが、いうのやがな」 「そんなむずかしいことは、とてもいえんわ。なんなら紙に書いていなあ、それをむこうへつきだして、わし、おじぎしてるわ」 「まるで、おしの乞食やがな。それぐらいのことは、いえんことあらへん。はよいといなはれ」 「よしや。帰りに、米買うてくるさかい、釜の下炊いといてや」 「帰ってやったら、すぐにごはん食べられるようにしておくさかい、はよいといなはれ」 「ちゃんとしたくしといてや、たのむで……ありがたい。これ持っていたら、めしが食えるとおもうたら、ちょっと心強うなってきた……へえ、ごめんやす」 「おう、だれかとおもうたら、喜いさんか」 「へえ……こんにちは、結構なお天気でござります」 「はい、なんじゃ、きょうは、あらたまって……はい、結構なお天気で……」 「へえ……あの……あしたもよいお天気で……」 「はい、この調子なら、あすもお天気らしいなあ」 「へえ、その……あさっても結構なお天気で……」 「なにいうてんのや。喜いさん、あんた、お天気のことをいいにきなはったんか?」 「あまり、その、ごてごていわんようにしとくなはれ。きょうは、ちょっとむずかしい口上だすさかいに……ええ……うー……うー……うー……」 「なに、うなっとるんや?」 「いえ……うー、……うけ……うけたが、まが、まが、まが……たが、うけたが、まが……うけとりすれば……」 「なにいうてるのや? だれが、うけとりするのや?」 「へえ、ちょっと、いいにくいとこだすねん……うけたが、うけたが、うけたがまがり……おきよどん、お茶一ぱいおくれならはんか?」 「喜いさん、いいにくいことは、いわいでもええ。それも、うけたまわりますればじゃ」 「へえ……お宅の若旦那に、およごも、およごも……ちがう……おご……まあ、早いところが、あんたとこの、どむすこに、どかかあもらいさらした一件できたのだす。これは、おそまつなものだすが、長屋の……あはは、かかが、これをよくおぼえていきなはれ、祝儀《おため》をもらう都合があるさかいというてました。こら、長屋のひっぱりのほかだす」 「ひっぱり? ひっぱりということがあるものか。つなぎじゃろ」 「へい、つないだら、ひっぱります」 「縄でもつないだようにいうてはる」 「これをお目玉へぶらさげます」 「お目玉へぶらさげる? ……それも、お目にかけるじゃろ?」 「かけたら、ぶらさがります……どうぞ、祝儀《おため》をよろしゅうおねがいいたします」 「はははは、あいかわらずおもろい男やな。おまえさんのことや、気にはせん。なにをくださったか知らんが、ひどい気の毒じゃな。こんな心配をしてくれんでもええのや」 「へえ、べつに心配してくださらんつもりだしたが、うちに、米はない、銭はないで、めしも食えんので、しかたがないさかい、奥の田中はんとこで、三十銭借って、横町のさかな屋へいて、二はい四十銭の生貝を三十銭にまけてもろて、それをお宅へ持ってきたのだす。お宅は派手なおうちだすさかい、五十銭の祝儀《おため》をおくれなさるさかい、それもろたら、田中はんへ三十銭かえして、あとの銭で、米とおかず買うてめしを食いますのや。かかあ、うちで、もう釜の下炊いてますのや。どうぞ、祝儀《おため》をおたのみ申します」 「ははははは、おもろいなあ。うちのあらをみないうて、ほんまにかあいい男や……あっ、喜いさん、生貝、あわび貝じゃな」 「へえ、そうだす。二はい三十銭で……」 「だれも値を聞いてやせん。こら、喜いさん、おまえさん、さかな屋からずーと、持ってきなさったか? それとも、うちへいんで、おさきさんにみせやったのか?」 「へえ、そら、うちへいんで、おさきさんにみせたのでやす」 「さよか。ほなら、まあ、せっかくやが、これはもらうわけにはいかん。喜いさん、おまえが、途中ではかろうて持ってきたんやったらもろうておくがな……それというのは、おまえは、町内で評判のあほや」 「さようさよう、みな、そないにほめてくれはります」 「そんなことをじまんすな。おまえとこのおさきさん、女でこそあれ、ものごとに心得のある人じゃ。それに、この生貝はなんじゃ? 世間で、磯のあわびの片おもいというやないか。うちのむすこは、嫁をおもい、嫁はむすこをおもい、両おもいで、めでとうもろうた嫁じゃ。それにあわびの片おもいとは、縁起がわるいわい。持っていんでくれ」 「腹がぺこぺこで……」 「おまえの腹のぺこぺこを知ったことかい」 「祝儀《おため》を……」 「ものももらわんのに、祝儀《ため》いれるやつがあるかい。早う持っていになされ!!」 「そんな無茶したらどむならん。それみい、放《ほ》ったさかい、三ばいの生貝が四はいになったがな」 「ひとつは、猫の碗《わん》じゃ」 「腹がすいてるよってに、目もみえん」 「早う持っていにくされ!! ごてごていうたら、煮え湯あびせるぞ!!」 「ふわーい、いにます、いにます……ああこわ、人を油虫みたいにいやがるのや、煮え湯をあびせるなんて……腹がどかへりや、とほほほほ……」 「おい、喜い公、泣いてるな。どうした?」 「うん、万さんか、さっぱりわやや、めしが食えん」 「どこぞわるいのか?」 「いや、達者でめしが食えん」 「なんでや?」 「うちに米もないし、銭もないさかい、田中はんとこで銭借って、さかな屋で生貝買うて、家主へ持っていて、五十銭|祝儀《おため》もらうつもりやったら、家主の禿ちゃん、『うちのむすこは嫁をおもい、嫁はむすこをおもい、両おもいでもろうた嫁、それに、これは、なんじゃい、あわび貝やないか、世間でよういう、磯のあわびの片おもい、縁起《げん》がわるい、持って帰れ』と……あー、めしが食えん」 「かわいそうに、たいがいわかってる。おまえとこのおさきさんの知恵で、家主へ、むぎめしで鯉釣りにやったんやな」 「ちがう、生貝で五十銭釣りにやったんや」 「それをむぎめしで鯉というのや……よし、もう一ペん持っていけ」 「こんど持っていたら、煮え湯をあびせられるわ」 「かまへん、もう一ペん持っていき。こんど持っていたら、えらそうにぽんぽんというたれ。入り口でも足で蹴《け》りあけてやれ。『ごてごてなしにとっておけ』といえ。むこうは、品ものでもかえてきたのかしらんとおもうてあけてみよる。『これは、いまの生貝やないか、わしとこのうちになんぞうらみでもあって、こんなものを持ってきやったか?』と、いいよる。そこで、遠慮すな、『おのれとこのどむすこに、どかかあをもらいさらしたやろ』と……」 「ひどいこというねんな」 「すると、『はい、嫁をもらいました』『祝いをもらいさらすやろ』……先方は、交際が広いよってに、ぎょうさん祝いがくるにちがいない。『祝いをもろうたら、祝いについてくるのしをめくってかえすかい?』と、たずねてやれ。『のしをかえすあほがあるかい』と、ぬかしたら、『のしの根本《こんぽん》を知ってるかい?』と、いうたれ」 「のしのぽんぽん?」 「根本」 「ぽんぽん」 「難儀やな、根本」 「ぽんぽんか?」 「こまるな。『のしのもとを知ってるか?』と、いうねん。知らんというたら、尻をくるくるとまくって、座敷へとびあがったれ。そこで、『のしの根本は、志州鳥羽浦、志摩浦の海女《あま》や。海女というたら、絵に書いたあるようにきれいなものやとおもうているやろ? あれは、絵そらごとで、ほんまの海女は、潮風に吹かれて、お色がまっ黒け、その海女が、月に七日の不浄《ふじよう》がある。月経というものがある」 「月経てなんや?」 「かかを持っていて、月経を知らんのか?」 「まだ食うたことない」 「あほ! 食うものやない。『月に七日ずつ身が汚《けが》れる。身の汚れたものは、海へはいれん。そこで、ほかの海女がとってきた生貝を、手桶にいれて、陸で番をしている。これを、手桶番という。女の月経を手桶番というのは、これからはじまったのだといえ。その生貝を、釜で蒸《む》して、その蒸した生貝をうすうむいて、それをむしろの上へならべて、仲のええ夫婦《みようと》が、一晩寝なんだら、めでたいのしにならんのじゃ。そのめでたいのしの根本を、なぜとりさらさんのじゃ? 五十銭は安い、一円くれ』と、いうてやれ」 「こんどは、値あげやなあ。しかし、そんなこと、いえるやろか?」 「食うか、食えんかの境《さか》い目やないかい。そのくらいのことおぼえんかい」 「うん」 「すると、むこうが聞きよる。『のしの根本はわかったが、のしも幾手(何種類)もある。書きのしのわらびのしは?』と、たずねたら、『柿でも桃でも、皮のむきかけをみい、みな、わらびのかたちになってるやろ? わらびのしは、生貝のむきかけや』と、こういえ。『たすきのしは?』と、いいよったら、『生貝のひもじゃ』と、いうたれ。『杖つきのしは?』と、いいよったら、『生貝をひっくりかえしてみなはれ、裏は、杖つきのしのかたちになってあるわい』と……そういうたら、先方は感心して、一両つつみよる。わかったか?」 「いや、おおきに……」 「しっかりやらんとあかんで、ぽんぽんいうていけよ」 「よっしゃ、わかってる。ようも、おのれ、教えさらしたな」 「ここでいうのやあらへん。先方へいっていうのや。はよいてこい」 「そうするわ……元気をつけてはいったろ……ええ、ごめんなはれや」 「どなたじゃい? こら、喜いさんか、えらいいきおいではいってきたなあ」 「なにぬかすのじゃい。ごてごてなしにとっときさらせ」 「ひどいいきおいやな。わざわざ品ものでも変えてきてくれたんか? えらい気の毒な、そないにしてくれんでもええのに……」 「ごてごてなしにとっときなんせ」 「これ、これは、いまの生貝やないか。さては、おまえ、わしとこに、なんぞうらみでもあって、こんなものを持ってきたんやな」 「なにをぬかしてけつかるのや。こら、おのれとこの、どむすこに、どかかあもらいさらしたやろ。そのときに、ほうぼうから祝いをもらいさらしたやろ?」 「えらいきたないいいようやな。もう、それよりきたのうはいえんわ……はい、交際が広いので、ほうぼうからお祝いをいただきました。それがどうしたのじゃ?」 「その祝いものについてくるのしは、いちいちめくってかえすかい?」 「おまえは、そんなあほじゃ。めでたいのしをかえすあほがあるかいなあ」 「こら、そのめでたいのしのぽんぽんを知ってるかい?」 「なんじゃ、そのぽんぽんというのは?」 「ぽんぽんというのは、もののはじまりじゃ」 「それなら、根本じゃ」 「そやそや、ようおぼえておけ」 「おまえが、おぼえとかんかい……」 「そののしのぽんぽん……いや、のしのもとを知ってるかというのじゃ」 「そら、わしは知らん」 「知らん? おいでた。ごめんなはれや……どっこいしょ」 「ひどいいきおいであがったな。下駄《げた》はいてあがったら泥だらけや。そんなとこで尻をまくってなにしてるねん?」 「のしのぽんぽんいうたらな、その……志州鳥羽浦、志摩浦の海女《あま》じゃ……女の……」 「えらいていねいじゃなあ」 「その海女が、絵に書いたあるようにきれいなものやとおもうているやろ? あれは、絵そらごとじゃ。ほんまの海女というたら…… 潮風に吹かれておいろはまっ黒け……」 「なにいうてんねん?」 「ところが……えへん……女は、月に……十日……いや二十日……三十日……」 「なんや?」 「とにかく、まあ、女には、月経というものがおますで……」 「そんなことは、だれでも知ってる」 「わいは知らん。いま、教えてもろうたところや」 「あほやな」 「……そうそう、おぼえてるぞ。女は、月に七日の不浄、けがれがあるのじゃ。そのときは、海へはいれんさかい、ほかの海女がとってきた生貝を、手桶にいれて、陸で番をしている。これを手桶番という。女の月経を、手桶番というのは、これからはじまったのじゃ。その生貝を、釜で蒸して、うすうはいで、むしろの上へならべて、仲のええ夫婦が一晩寝なんだら、めでたいのしにならんのじゃ。そのめでたいのしの根本を、なぜとりくさらさんのじゃ? 五十銭は安い、一円くれ」 「ふーん、えらいことを知ってるなあ。あほや、あほやとおもうてたが、こら、感心や。なかなか下へは置けんなあ」 「ほなら、二階へあがろか?」 「そんなとこへあがらんでもええが、そのついでにたずねるが……」 「なんなとおたずね、いろいろ柄のかわったのを仕入れてますさかい」 「呉服屋じゃな、まるで……書きのしのわらびのしは?」 「柿でも桃でも、皮のむきかけをみい、みな、わらびのかたちになってるやろ? わらびのしは、生貝のむきかけや」 「こら、いよいよ感心、下へは置けん」 「大屋根へのぼったろ」 「たすきのしは?」 「生貝のひもじゃ」 「ふーん……杖つきのしは?」 「生貝をひっくりかえしてみなはれ。裏は、杖つきのしのかたちになってあるわい」 「ほう……それでは、もうひとつ」 「もう、なんにもおまへん。早よ一円くれ」 「もうひとつわかったらあげるがなあ。目上から目下のところへ略してやるときに、ちょんちょんちょんと書く片かなの『シ』の字ののしは?」 「うーん、それは……それはやなあ……生貝が、ぶつぶつぶつとぼやいてますのやろ」 「生貝がぼやく? これ、喜いさん、あわびがぼやくかい?」 「へえ、あわびやさかい、ぼやきますので……ほかの貝なら、みな、口をあきます」

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  • komogomo-blog
    10.01.2021 - 4 monts ago

    ハレ通信 2021年1月号 コロナを気合で乗り越える!?

    さてさて、新たな年を無事に迎えることができましたでしょうか?

    壁にコロナ障子にコロナで申し訳ないですが、私も少しコロナ事情を書き綴ります。そうです、あなたもご存知かと思いますが、ドイツでもコロナが猛威を振るっております。

    昨年の末から私の住んでいる町でもついにコロナ感染者が急増し、それまではコロナなんてあるのか、コロナは頭の中の病気さなんて友人と話していたのですが、段々と自分の生活空間に近づいてきているのを身を持って感じておりました。その中で友人の彼氏の同居人が陽性で隔離している、、、同僚の母のいとこがコロナ陽性で入院だなんて聞きました。終いには同居人の友人の親父さんがコロナで亡くなったというニュースを聞いたときには少したじろいでしまいました。

    あれは年明け前のクリスマス直前だったでしょうか、ついに私の同居人の同僚の一人にコロナ陽性者が出ました。私の同居人ではありません、同居人の同僚です。その日に同居人はすぐさま私たちにメールをくれたのです。

    「愛すべきみんなへ、私の同僚がコロナテストで陽性反応が出たの、その同僚と私のデスクは遠いいし、私の会社は常に空気の入れ替えをしているから問題ないといいたい。でも、実はその同僚とは週一で会議をしてるの。。私、正直混乱しているし、私の会社のみんなも混乱している。私は部屋に閉じこもって様子を見るわ。明日また詳しい状況がわかるからちょっと待っててね。ごめんね。テレーゼより」

    その同僚はコロナの症状もなく、クリスマスに実家に帰るために一応テストをしておくといった具合で、陽性になってびっくりしたのは何よりも彼に違いなかったでしょうね。

    あなたも知っている通り、私には4人の同居人がいますね。みんなドイツ人。クリスマスはドイツ人にとっては大事な家族行事で、歴史や背景はさておき日本の正月とほぼ変わらない、私はそう思っています。 なのであのメールが届いてからはうちの家はまさにパニック状態。こんなことになる前からも今年は町の広場で毎日広がるクリスマスマーケットも中止、いわゆるクリスマス商戦真っ只中でも閉店を余儀無くされた店も多く、そういった状況下で同居人たちも家に帰るかは悩んでいたし、躊躇してました。でもやっぱり最終的にはみんな家に帰ることに決めたようでした。それを傍目で私はクリスマスはこの大きな家で一人でゆっくりできるチャンスだと思って楽しみにしていました。

    23日に初めて彼氏の実家でクリスマスを過ごす予定だった同居人のアンナはメールを受けた直後、病院に駆け込んで検査をしてもらっていたけど、結果は24時間以上要するということで家で待機を余儀なくされました。それでも24日の朝、コロナ陰性というテストの結果を受け、アンナは笑顔で家を飛び出していきました。他の同居人のマックスは22日の病院に間に合わず次の日に検査に行きましたが結果が出たのは結局25の昼頃。その日にベルリンから親が迎えに来る始末でもうこの家にいるだけでてんやわんや。そして同居人の中でも最年少パトリックはこのどたばた劇に意気消沈したようで、結局私と一緒にクリスマスを過ごしました。

    このようにコロナテストの結果で一喜一憂している姿はなんというか滑稽でした。日本の空港ではなんとコロナを嗅ぎつける犬が登場したようですが、これが人間社会の一つの形といったところでしょうか。しかしこんな時代でもAmazonの社長はついに世界一のお金持ちになったとかならないとか、風が吹けば桶屋が儲かると言うのはまさにこのことを言うのでしょう。

    こういった状況の原因や結果は言い当てることはできませんが、私たちはこの社会状況の中で生きていくことには変わりません。このような状況でバーチャルな現実が多くのこれまでの現実を覆い返すことになるでしょう。それで救われる人もいるでしょう。でも私はこんな時代だからこそ現実の世界を大事にしたい、なんて言ったら、あなたは笑うでしょうか。ただ実際にそれは私が直感で感じたことでございます。目の前に存在するものは必ずしも完璧なものでも便利なものでもありません。逆にだからこそかけがえの無いモノなんだろうと再確認する良い機会になりました。

    2021年も一寸先は闇。日本の感染者の数はまさにうなぎのぼりのようですね、数字に一喜一憂すること、この時代の中で遠い未来や遠い土地に思いを馳せるよりも目の前の現実に取り組むことから始めてみたいそんな気持ちでやっていけば、おのずと答えは見えてくるのかもしれません、

    そう自分に言い聞かせている次第です。どうぞあなたもこの機会に色々とこれからの人生のことを考えてみることをおススメします。

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  • hi-majine
    10.12.2020 - 5 monts ago

    古典落語「化けものつかい」

     むかし、芳町に千束屋《ちずかや》という口入れ屋(職業紹介所)がございまして、ちょうど風呂屋の番台みたいな高いところに番頭さんが坐っておりまして、奉公口をさがす人たちが、このまわりをとりまいております。  番頭がまわりをみながら、 「おい、うなぎ屋の出前持ちの口があるよ。おい、だれかいかないか? うなぎが食えるぜ」  なんてことをいって、みんなにすすめております。 「おい、杢《もく》さん、おめえどうしたんだ? なぜ奉公しねえんだい?」 「だって、口がねえだ」 「そんなこたああるめえ? あんなにいろいろ呼んでるじゃあねえか」 「おらあ陰気な性分《しようぶん》だからな、うなぎ屋の出前持ちなんて派手な仕事はきれえだ。なるたけ人のすくねえうちがいいだ」 「おい、新規《しんき》の口があるよ。給金がいいぜ。だれかいかないかい?」 「おい、杢さん、新規の口があるとよ。聞いてみなよ」 「もし、番頭さん、その新規の口というなあ、なんですかね?」 「ああ、こりゃあばかに給金がいいんだぜ。男隠居ひとりなんだがね」 「おいおい、杢さん、そりゃあ新規じゃねえや。十日も前からあるんだ。ねえ番頭さん」 「おいおい、よけいなことをいっちゃあいけない。おい、杢さんとやら、どうだい、いかないかい? 隠居さんがきびしいんだがね、そのかわり給金は、よそよりずっといいんだ」 「いや、給金なんかかまわねえけどね、わしゃあ陰気な性分だから……」 「そんならちょうどいいや。なにしろ隠居ひとりなんだから……ただ、すこしばかり人づかいが荒いんだ」 「そんなことはかまわねえだ。おらあ、そこへいくべえ」 「いくかい?」 「へえ、いきますべえ」 「おいおい、杢さん、およしよ。およしったら……」 「よせよせったって、おらあ、そういうところが好《この》みだ」 「いくら好みだってね、三日といたものはねえんだぜ」 「なあに、おらあ、もういくときめたら、人がなんといってもいく気性だから……」 「およしよ、およしよ。わるいことはいわないから……だれがいっても三日といたことはないんだよ。たいがいの者が、おどろいて、一日で帰ってきてしまうんだ。およしよ」 「おらあ、よさねえ」 「きっとすぐに帰ってくるんだからむだだよ。およしよ。その隠居てえのは、けちな上に、ばかに人づかいが荒いんだそうだから……」 「なあに、いくら人づかいが荒れったって、人間が人間をつかうだ。天狗さまにつかわれるわけじゃああるめえ。するだけのことさえすりゃあ、だれがなんというものでねえ。おらあ、そこへいくべえ」 「そうかい、そんなにいうなら、もうとめねえからいっておいでよ」 「ああ、おらあ強情《ごうじよう》だから、いっしょうけんめいはたらくだ」 「ほんとうに強情だな。じゃあ、まあ、しっかりやっておいで……おい、番頭さん、この人がいくそうだよ。この杢さんが……」 「ああそうかい。奉公さきは本所だ。この札を持っていっておいで」  杢さんは、奉公さきを教えられると、さっそくやってまいりました。 「へえ、ごめんくだせえやし」 「だれだい?」 「へえ、千束屋からめえりやした」 「なに? 千束屋から? またまぬけなやつがきやがったな。これから奉公しようてえのに、玄関からくるやつがあるもんか。勝手口へまわれ、勝手口へ……」 「へえ、……しかし、勝手口がわかんねえでがす」 「そんなことがあるもんか。玄関がわかって勝手口のわからねえやつがあるか。そのせまい路地《ろじ》をずーっとはいると、右側に腰障子のはまってるところがある。そこが勝手口だ。いいか、わかったか? ……ちえっ、まったくどじなやつをよこしたもんだ。このごろは、ろくな奉公人がきやあしねえ。まったくこまったもんだ……おいおい、むやみにあがってきちゃあいけねえ。そこんとこはなあ、さっききれいに掃除したばかりなんだ。もう、なめてもいいようになってるんじゃあねえか。きたねえ足でずかずかあがられてたまるもんか……そこに手桶があるだろう? そばにぞうきんもあるはずだ。それを持ってって、井戸ばたへいって、足をきれいに洗ってこい……なにっ、もう洗ってきたのか? きれいになったか? おいおい、足をよくふいたか? ぬれた足でずかずかあがってきちゃあいけねえぞ……ふん、世話の焼ける野郎じゃあねえか……え? よくふいたか? じゃあ、こっちへきな……」 「へえ……」 「おめえか、千束屋からきたのは?」 「はあ、わしあ、はあ、杢兵衛《もくべえ》と申します。どうぞまあ、よろしくおねげえ申します」 「なんだ、杢兵衛? ……名前からしてまぬけなやつがきたもんだ。どうせくるんなら、もうすこし早くきてくれりゃあよかったじゃあねえか。おめえのきようがおせえから、掃除でもなんでも、おれがひとりでやっちまった。おめえのやることなんぞ、なんにもありゃあしねえや……まあ、しょうがねえ、きょうのところはね、ゆっくり骨やすめをして、あしたっからみっちりやっとくれよ。いいかい? ……しかし、待てよ……まるっきりねえわけじゃあねえな。すこうしぐらいは、やることだってあるんだが……まあ、仕事ってえほどの仕事でもねえさ、うん……おめえだって、そこにぼんやり坐ってるのも退屈だろうしなあ……そうだなあ、ちょっと待ちな、やることをさがしてやるから……」 「いや、むりにさがしてくれねえでもようがす」 「なにもむりにさがすてえほどの大仕事じゃあねえさ……そうだな……うん、物置きに薪があるからねえ、あれを十|把《ぱ》ばかり手ごろに割ってもらおう。それからね、薪のそばに炭俵があるから、なかの炭を切っとくれ、あまり長すぎてもつかいにくいし、みじかくてもまずいし、まあ、そこを適当にな。で、切っちまったら、縁の下に炭箱があるからな、切った炭をいれておくれ。いいかい、一本一本ていねいにいれるんだよ。ほうりこむと粉になっちまうからな……それからね、表のどぶがつまってるようだから、ひとつきれいに掃除しておくれ。それでな、どぶのほうがすんじまったら、庭の草をむしっとくれ。しばらくむしらねえから、だいぶ長くなってるんでな。そうそう、つかいにいってもらうところがあったっけ。いま手紙を書くからな、用がすんだらいってきとくれ。ゆくさきは品川だ。じきわかるよ。くわしく住所《ところ》と名前を書いとくから……そうだ。つかいといえば、ついでに浅草へまわってきとくれ」 「品川から浅草へでがすか?」 「そうだよ」 「それじゃあ、まるっきり南と北だ。ずいぶんはなれたついででがすな……じゃあなにかねえ、旦那のいった用をすっかりすまして、それから、その手紙を持って品川から浅草へいきますだね?」 「そうだよ」 「こりゃあおどろいた。今夜じゅうに帰ってこられますかね?」 「さあ? 今夜じゅうってわけにもいくめえが、夜のしらじら明けぐらいにゃあ帰れるだろうよ……まあ、きょうはそんなぐあいに骨やすめしといてもらって……」 「え? それで骨やすめ? ……めしは、いつ食わしてもらえますか?」 「めし? なにいってるんだ。きょうは骨やすめだよ。めしなんざあ食わせるもんか」 「えっ、めしは食わしてくださいやせんか?」 「ああ、一日ぐらい食わなくったって死にゃあしねえよ。まあ、きょうは、それくらいのところでからだやすめといて、あしたっから、みっちりはたらいとくれ」 「うへー……かしこまりました」  もうたいへんなさわぎ……この男が辛抱強い男で、いっしょうけんめいつとめますから、隠居のほうでは、いい奉公人にあたったと大よろこびでございます。近所の人たちもおどろいて、世のなかにあんなに人づかいの荒い隠居もないが、また、あんなによくはたらく奉公人もないといって評判をしております。こんなことで、三年という歳月が経《た》ちました。  このご隠居の家の近くに、ちょっと小ぢんまりした家がございます。ところが、どういうものか、そこの家に幽霊がでるという評判が立ちまして、半月と住む人がございません。たいていの人は、一晩か二晩で引っ越してしまいますので、しまいには、だれも住《す》み人《て》がございません。年中貸し家札がはりっぱなしというのですから、持ち主もやりきれません。安く売ってしまいたいものだということになりましたが、これを聞いてよろこんだのがご隠居で、もともとけちな人ですから、そんなに安いのなら買おうと、むこうへはなしをしますと、持ち主は大よろこびで、さっそく相談もまとまり、金と書きつけのやりとりもすませました。すると、持ち主が、 「さて、ご隠居さん、わたしも、あの家は、相当な金をかけてこしらえたのだから、こんなに安く売ってしまったのでは、まことにあわないのだが、これにはすこしわけがある。それも、まるで知らない人ならかまわないけれども、始終お湯や髪結床《かみゆいどこ》でお目にかかっている仲だけに、念のためにちょっとおことわりしておくけれども、あの家には……うそかまことか、わたしは見ないから知らないが、だいぶおかしなうわさがある。どんな変事か知らないが、それはもう、わたしのほうでは関係ありませんから、そのおつもりで……」  というはなしでございます。しかし、ご隠居のほうも、もともと承知の上で買ったのですから、すこしもおどろきません。それに、いままでいた家は、ほかの人がだいぶ欲しがっているので、そのほうに売れば、値をよく売れるという見こみがございます。居古《いふる》した家を高く売って、新規に安い家を買って引っ越せば、たいへんに割りがいいというので、ご隠居は、かえってほくほくとよろこんでおります。

     ある日のこと、杢兵衛さんが髪結床へやってまいりました。 「お早うごぜえます」 「おう、杢兵衛さんかい。お早う」 「ひとつ結《ゆ》っておもれえ申します」 「まだ結って間もないから、それほど乱れていねえじゃあねえか」 「それでも、はあ、ひとつ結いなおしておもれえ申してえ」 「ああそうかい。じゃあ、こっちへおいで……ときに、ご隠居は、あの化けもの屋敷を買ったというじゃあないか?」 「へえ、それについて、すこしおめえさまに聞きてえとおもうだ。おらあ、まあ、あすこのうちへきて、三年べえ辛抱《しんぼう》をしたけれども、こんどというこんどは、どうしても辛抱できねえ。おらあ、ちっともそとへでねえだから、世間でどんなはなしがあるか、まるで知らねえだ。つけえにでたところで、用が多くってむだばなしなどしてる間がねえだから、人のうわさなどをあまり聞いたことがねえ。ところがきのうだ。荒物屋のばあさまのいうにゃあ、こんど隠居さんが、化けもののでる家を買って引っ越すだという。家にいても、おらあそんなこと聞かなかった。第一《でえいち》、化けもののでる家へいくなどというのは、はじめて聞いただ。おらがいくら陰気な性分でも、化けものはきれえだからな。ほんとうに化けものがでるようなら、おらあ、とても辛抱はできねえだけれども、まったくかね?」 「ああ、まったくだともさ。だれだってこのごろは、三日と辛抱する者のねえ家だ。隠居さんは、安いものだからと買ったんだが、あの家には、いくらなんでも辛抱ができめえとおもうんだ。もしもやせがまんをして辛抱すれば、しまいには、化けものにとり殺されてしまうだろうと、みんなでうわさしてるんだ。それにつけても、おまえさんのことは、世間でみんなほめてるよ。よくまあ、あんな家に辛抱してはたらいているって……」 「おらもはあ、みんながとめるのもきかずに、強情を張ってあすこの家へ奉公にきただから、意地ずくで辛抱をしているうちに、とうとう三年経ってしまったが、こんどというこんどは、どうしても辛抱できねえだから、ひまをもらうとしますべえ」 「わるいことをすすめるようだが、命あっての物種《ものだね》だからな」 「へえ、ありがとうごぜえます。それでも、店の旦那さまは、隠居さんとちがって気前《きまえ》のいい人だから、つけえにいくたんびに、『これでどこかでそばでも食っていくがいい』といって、いくらかずつ小づけえをくだすったのと、給金をつかわずに貯《た》めておいたのとで十二両二分ばかりある。これだけあれば、国へ帰ってどうにかなるだから、なんとかうめえことをいって、きょうすぐひまもらって国へ帰るべえとおもいます」 「ああ、それがいい、それがいい。国もとで病人がでたとかなんとかおいいよ。じゃあ、これがおわかれだな」 「どうもいろいろとご厄介になりまして、ありがとうごぜえます。じゃあ、ここへ銭置きますから……」 「ああ、杢兵衛さん、きょうはいらないよ。もらわないでもいいよ。それからね、こりゃあわずかばかりだが、餞別《せんべつ》だ。持っていっておくれ」 「あんれまあ、そりゃあどうもすまねえだな。髪をただで結ってもらって、その上に餞別までもらっちゃあすまねえだな」 「そんなことをいわねえで、持っていっておくれ」 「そうですか。それじゃあまことにすまねえだが、せっかくだから、遠慮なくもらっていきますべえ。お世話になりやした。さようなら」

    「ああ、おそくなってすみません」 「どこへいってたんだ? やあ、髪結床へいってきたんだな。たいへんにきれいになって帰ってきたな」 「さて、あらためて、おめえさまにすこしはなしがあるだが、どうか聞いてくだせえ」 「なんだい? あらたまって……」 「ほかでもねえだが、きのうつけえにいったとき、国の知りあいにあいやしたが、その人のいうには、おらの兄貴が大病で、とても助かる見込みがねえらしいというだ。もしも兄貴にまちげえがあれば、二番目がおらだから、国へ帰って後をつがなけりゃあならねえ。とにかくひまをもらって国へ帰らなけりゃあならなくなっただ。まあ、そういうわけだから、どうかひまをくだせえまし」 「そうか。そりゃあどうもこまったな。おまえにはまだはなさなかったが、こんどわたしが家を買って、もう引っ越そうという間際《まぎわ》なんだが……」 「なあに、引っ越しぐれえ手つだってもいいだよ」 「しかし、大病人だというなら、すこしも早く帰らなけりゃあいけなかろう?」 「いや、その……おらあ、はあ、うそをつくことは、どうも性《しよう》にあわねえだから、ほんとうのことをいっちまいますべえ。じつは、いまいったことはつくりごとだ」 「なんだい、うそかい?」 「へえ、兄貴が病気でもなんでもねえ。たいげえの者ならば、まあそういってひまをとるだが、おらあ、はあ、そんなうそをつき通すことができねえだから、正直にいうだが、こんどおめえさまが買って引っ越すというのは、化けもののでる家だというでねえか? 化けものときたら、とても辛抱できねえからおひまをいただきやす」 「そうか。まあ、そういうわけならしかたがねえ。おまえのような奉公人は、めったにないから、ひまはやりたくないけれども、もうむこうの家は買っちまったし、この家は、人にゆずってしまったのだから、どうしても引っ越さなけりゃあならねえ。むこうの家へ越すのならひまをくれろというのだから、とてもはなしは折りあわねえな。しかたがねえから、おまえにひまをやろう。けれども、いままでふたりで暮らしていたのに、急にひとりになってはさびしいが……まあいいや、化けものがでるというから、退屈しのぎになっていいだろう」 「おめえさまは、そんな度胸のいいことをいうだけれども、よしたらよかんべえ。世間で、みんながおそろしいとうわさしてるだから、人がわりいということは、よすもんだよ」 「そういわれても、どうもいまさらよすわけにもいかねえやな」 「それじゃあ、まあ、おめえさまの勝手にするがええだが、たしかおらがあずけておいた十二両二分があるはずだ。それをけえしていただきてえ」 「よしよし。それじゃあ、おまえからあずかったのが十二両二分、それに、おれが二分餞別をやって十三両、これを持っていくがいい」 「どうもありがとうごぜえます。それじゃあ遠慮なくいたでえてめえりやす……さて、ご隠居さま、おらも、こうしてひまもらってしまえば、いままでの奉公人ではねえ。もう、主人でもなけりゃあ家来《けれえ》でもねえ」 「いやに薄情《はくじよう》になりゃあがったな……たしかにまあ、主人でもなきゃあ家来でもねえ」 「そんだら、おらあ、ひとこといいてえことがあるだ」 「なんだい? あらたまって……」 「さてさて、おめえさまぐれえ人づけえの荒え人はねえだ。いくら人間すりきれねえといったって、際限《さいげん》のあるもんだ。おめえさまのようにつかわれちゃあ、力も根《こん》もつき果てちまうだ。それもむだに人をつかうだな。早えはなしが、『杢兵衛、豆腐買ってこい』てえから、豆腐買って帰ってくると、『がんもどき買ってこい』……がんもどき買ってくると、『あぶらげ買ってこい』……あぶらげ買って帰ってくると、『生《なま》あげ買ってこい』……豆腐屋と家のあいだをいったりきたりしているだ。それよりも、はあ、『杢兵衛、豆腐とがんもどきとあぶらげと生あげを買ってこい』っていやあ、いっぺんで事がすんじまうでねえか? それから、よそから帰ってきたときだってそうだ。おめえさまの着物の脱ぎようてえなあねえや。まず玄関で羽織を脱いで、茶の間でもって着物を脱いで、奥へいってじゅばんとふんどしをとるでねえか。ええ? 三ヵ所にかわるだあ。なんでもよけいな手数ばかりかけるだ。おめえさまのようでは、とても人をつかうことはできねえだよ。おめえさまは、千束屋へそういってやれば、すぐにかわりがくるなんておもってるだんべえけど、いやあ、とてもこねえ。おめえさまの評判がわるすぎるだからな。それよりも、ほうぼうへたのんで、だれかいい人をさがしてもらいなせえ。よけいなこんだけれど、おめえさまのためをおもっていうだから、わるくおもってくんなさるなよ」 「いや、おまえに叱言《こごと》をいわれてめんぼくないが、どうもこれがわたしの病気なのだ。自分でもわるいとおもいながらよせないのだ」 「それじゃあ、まあ、しかたがねえけんども、できるだけは、人をいたわってつかいなせえよ。まあ、それはそれとして、引っ越しをするのに手がなくってはこまるべえ。おらが手つだうだから、すぐに越してしまいなせえ」  と、わきから車を借りてまいりました、すっかり荷物をむこうの家へはこんで、きれいに掃除をして、晩ごはんのしたくまでしまして、 「もうそろそろ夜になるだから、これでおいとましますべえ」 「いや、大きにごくろうだった。おかげで助かったよ。しかし、おまえのような奉公人は、じつにめずらしいな。これまでずいぶん奉公人もつかったが、おまえのような男は、いままでにひとりもなかった。ひまをだすのは惜しいが、どうもしかたがねえ。感心だなおまえは……そのかわり、いまにきっと出世するよ」 「いや、おらだって、三年のあいだそばにいただから、わかれるのはなんとなくつれえけんども、どうも化けものがでる家じゃあ、どうにも辛抱できねえだから、これで帰りますよ。それから、お店のほうへもおいとま乞《ご》いにいかねえじゃあわるいだけんども、いくと、あの旦那さまのことだから、餞別のなんのって気をつかわせてはすまねえからお寄り申しやせん。どうかおめえさまからよろしくいってくだせえまし。では、これでおわかれ申します。さようなら」 「ああ、とうとう帰っちまったか。惜しい男だったなあ。しかしまあ、どうもしかたがねえ……ひとりになったせいか、急にさびしくなった。早く化けものでもでてくれればいいが……」  晩ごはんをすませましたが、まだ眠るには刻限《こくげん》が早うございますから、あんどんの灯《ひ》をかきたてまして、書見をはじめました。すると、昼のつかれがでましたものか、いつのまにか、こくりこくりといねむりをするようになりました。 「あっ、あっ、あー寒い。いやにぞくぞくするぞ……うん、いねむりなんぞしてたから、ひょっとしたらかぜでもひいたんじゃあねえかな? どうもぞくぞくと寒気《さむけ》がしていけねえなあ……おやおや、障子がひとりでにあいたよ。ああ、いよいよ化けもののご出現か。前ぶれなんぞどうでもいいから、さっさとでておいで。杢兵衛がいるうちはよかったが、いなくなったら急にさびしくなってこまっていたところだ。さあ、早くでてきてくれ……やあ、でてきた、でてきた。なんだ、ひとつ目小僧か。妙なものがでてきやがったな……ああ、おまえか? でてくるときに、ぞーっと寒気をさしたの? ありゃあおよしよ。おい、いつでてきてもかまわねえけども、あの、ぞーっとさせるのだけはやめとくれよ。それにしてもおもしろいやつがでてきたなあ。こいつは、ちいさくってつかいいい化けものだ。おいおい、せっかくでてきて、じいっとそこへ坐ってちゃあしょうがないな。でてきたんならでてきたように、なにかしなくっちゃあいけねえなあ……うん、そうだ。晩めしのあとかたづけをやってもらおうか……おい、おまえねえ、ここにある膳をな、台所へ持ってって早く洗いな……おい、なにをかんがえてるんだ? ぐずぐずかんがえたってしょうがあるめえ? 早くやれ、早くやれ……おいおい、たすきをかけなよ。たすきをかけなくっちゃあ十分にはたらけねえやな……ああそうそう……それからね、尻《しり》をはしょって……台所ではたらくのに、そう着物をずるずる着ていては、裾《すそ》をひきずって、まるでお姫さまがなにかするようで、はたらくのに骨が折れてしょうがねえ。第一着物の裾がたまらねえや……そうそうそれではたらきよくなったろう? ええ? ……いいかい? 茶わんだの、皿だのは、ていねいにあつかいなよ。らんぼうにあつかって、欠いたりなんかするなよ……ああ、水をたっぷりつかってよく洗うんだ。もっと力をいれて、ごしごしよく洗わなくちゃあいけねえ……そうそう、もっとよくごしごし洗って……うん、うめえ、うめえ……で、なんべんもよくゆすいで……ゆすげたか? じゃあ、そのざるの上に伏せといてな、水の切れたところで、上にふきんがあるから……上だ上だ、下のはぞうきんだよ。上にかかってるのがふきんじゃあねえか……うん、それでね、洗ったものをきれいにふいて……ふいたか? よしよし、そこの戸棚へしまうんだ。それからな、ふきんは、よくゆすいで、もとのところへかけておきなよ。あれっ、下が水だらけになっちまったじゃあねえか。よくふいとかなくっちゃあ……おっとっとっと、こらこらっ、ふきんでふくんじゃあねえ。下をふくのはぞうきんだ。しょうがねえなあ、ふきんとぞうきんの区別がつかねえようじゃあ……うん、しっかりふいとくんだ。ふいちまったか? じゃあ、瓶《かめ》のなかをのぞいてみな。水があるか? え? だいぶすくなくなってる? じゃあな、手桶を持ってってな、井戸から二、三ばい汲《く》みこんどけよ。夜なかにまたどんなことで水がいらねえともかぎらねえから……ああ、汲みこんだか? よしよし、こっちへおいで、早くおいで、まだたくさん用があるんだから……さあ、こっちへきて、早く床を敷いてくれ。なに? 床を敷くのはいやだ? こらっ、なまいきいうなっ、用をいいつけられて、いやだのなんだのというと、ひでえ目にあわすぞっ……あれっ、ふるえてやがる。弱《よえ》え化けものじゃあねえか……おい、なにもふるえなくってもいいんだよ。いきなりひどい目にあわすってんじゃないんだからな、おめえがいいつけられたことをしなけりゃあ、ひどい目にあわすってんだから……さあ、早くこっちへきて、そのふとんを敷くんだ……もっと手早くできねえかなあ。おいおい、まっすぐ敷いてくんな。おれは、床のまがってるのはきらいなんだから……敷いたら、枕《まくら》もとにたばこ盆を置いて……そーれみろ。やりゃあ、ちゃんとできるじゃあねえか……こっちへこい、こっちへこい……よし、そこへ坐れ。あれっ、愛嬌のいいやつだな。にこにこ笑ってやがらあ……え? 笑ってるんじゃありません? 泣きっつらをしてるんです? なんだい、笑ってるんだか、泣きべそをかいてるんだかわからねえってえのはおもしろいなあ……さあさあ、ぼんやり坐ってるんじゃあねえ。肩をたたいてくれ。おい、なにをかんげえているんだ? なに? いやだ? こらっ、またいやだなんてぬかして!! ひどい目にあわすぞ!! ……またふるえてやがるな。だらしのねえ野郎だ。いいから、早くたたけ……そうだそうだ、なかなか力があるな……ああ、うめえ、うめえ。どうして、こりゃあてえしたもんだ。杢兵衛よりよっぽどうめえや……ああよしよし。うんよし。もういい、いいといったらよしなよ。なんでもおれのいう通りにするんだ……おい、もういいってんだよ……なに? どうせやけくそです? ばかっ、やけくそで用をするんじゃあねえ。なにごとも素直《すなお》にやるんだ……さあ、おれの前へ坐れ。おい、おまえねえ、あしたは、もっと早くでてこなくっちゃあいけねえぞ。夜なかになんぞでてきたって用がたりゃあしねえ。あしたはな、昼間のうちにでてきて、買いものやなんかしたり、掃除をしたりするんだ。いいか? わかったか? ……おい、小僧、まだ用があるんだよ……ちえっ、しょうがねえなあ。あわててどっかへいっちまって……まあいいや、床は敷いてあるんだから、とにかく今夜は寝よう」  たいへんな人があったもんで、その晩はぐっすり寝てしまいました。  その翌晩になりますと、もう小僧がでてくる時分だと、隠居さんが心待ちに待っておりますと、ぞくぞくっと寒気《さむけ》がしたかとおもうと、障子へさらさらさらっと髪の毛がさわる音がしたと同時に、障子がすーっとあきましたので、ひょいとみますと、色青ざめた骨と皮ばかりの女がそこに坐っております。 「またぞくぞくっとさせやがるな。これは抜きにしてもらいたいな……おやおや、今夜は女だな……おいおい、ねえさん、もっとこっちへお寄りよ。なあに、おれは年寄りだから、そばへきても大丈夫だよ。くどいたりしやあしねえから……安心してこっちへおいで……ちょうどいいところへきてくれた。さっそくだが、その着物の袖口をなおしとくれ。それがすんだら、じゅばんの襟《えり》をかけかえておいておくれ……そうそう、やっぱり女だ。手ぎわがいいや……それからな、戸棚に足袋《たび》のよごれたのが二、三足はいっているから洗っておいておくれ……なに? もう洗った? ずいぶん早えなあ。うん、やっぱりそういう仕事は女にかぎるな……では、そこに爪《つま》さきの切れた足袋があるから、継《つ》いでおいておくれ……ほう、なかなか仕事は早いねえ。いや、うまいもんだ……女というものは、裁縫ができないと、一生肩身をせまく暮らさなければならねえ。おまえのように、なにをしても手早くできる女は、どこへいっても安心だ。あしたもまたでてきておくれ。それからな、でてくるときに、あの、ぞーっとさせるの、ありゃあ気持ちがわりい。あれだけはやめてな……おい、ねえさん……おやおや、消えちまった。まだ床も敷いてねえじゃあねえか。しょうがねえなあ。まあ、自分で敷いて寝るか」

     翌晩になると、隠居は、もう化けものを心待ちにしております。「給金をやらないのと、めしを食わせないだけ杢兵衛よりいいが、ただ昼間でてこないので用がたりなくていけねえ。なんとか昼間でてもらうように掛けあおう」なんてことをかんがえておりますと、また、ぞーっと寒気がいたしました。 「よせやい。でるたんびに寒気《さむけ》をさせやがってゆうべあれほどいっといたのにな……これからは、どうしても、寒気を抜きにしてもらおう……ああ、障子があいたな……どうしたんだ? なにもでてこねえじゃあねえか。なにをぐずぐずしてるんだ。早くでねえか……おやっ、なんだろう? ずしん、ずしんとたいへんな音がするぞ。地震かしら? ……あっ、おどろかせやがるな。なんだい、大きな松の木みたようなものがぬーっとでたが……あれっ、こりゃあ毛むくじゃらの足だ。足ばかりで胴がみえねえじゃあねえか。胴はどうしたんだ? おやおや、足を折ったな。なるほど、膝をつかねえと、からだがはいらねえのか。こりゃあどうも大きいや。坐っても天井にあたまがつかえるな。なんだい? 上のほうにぴかぴか光ってるのは? ……なんだ、目玉か。しかも三つあるな。一昨夜《おととい》はひとつ目小僧だったが、今夜は三つ目大入道ときたな。絵じゃあみたことはあるが、なるほどうまく化けたもんだな。きょうは、おまえの番か? ああそうかい。ごくろうさま。いいんだよ、べつにだれだっていいんだから……さあさあ、せっかくでてきたんだ。さっそく用をやってもらおう。なに? 用はいやだ? こらっ、用はいやだなんて、とんでもねえやつだ。なんのためにでてきたんだ? こらっ、この野郎!! ひどい目にあわすぞ!! ……あれっ、大きなくせにふるえてやがるな。どうも化けものってやつは、おもったよりもいくじがねえもんだな……さあ、用をやるんだ……ちょうどいいや。屋根の上の草をむしってもらおう。おう、はしごいらずか? こりゃあ重宝《ちようほう》だな……うん、よしよし、早えなあ、もうやっちまったか? ……それからな、ひとつ目小僧のやつは力がねえとみえて、瓶に水を半分しかいれていかなかったが、きょうは、いっぱいいれておくれよ。なんだい、水瓶を片手でさげていくのか? ……おうおう、井戸のなかへ瓶をいれて、下までとどくのかい? なるほど、手が長《なげ》えからな……おやおや、水瓶へ水をいっぱいいれて、軽々《かるがる》とさげてきやがったな。ああ、そこに屋根から落ちたごみがある。それをちょいと掃きだしといとくれ。なんだ、吹くのか? ああなるほど……きれいに吹いちまったな。もうたくさんだ、たくさんだ。あんまり強く吹いたもんだから、ざぶとんが三枚も飛んじまった。まごまごしてると、おれまで飛ばされちまわあ……なに? 肩をたたいてくれる? こりゃあ小僧よりも気がきいているな……なんだ? そこにいてたたくのか? なるほど、手が長えから、表にいてたたけるのか……ああ、いてえ、いてえ。もっとそっとたたいてくれ……ああ、うめえ、うめえ。ちょうどいいぐあいだ……なに? 指でたたいているんだと? こりゃあおどろいたな。指さきの力がそんなにあるのか? ああ、ごくろう、ごくろう。もうたくさんだから、床を敷いてくれ……なに? 床はいやだ? この野郎!! ……化けものはどうして床を敷くのをいやがるのかなあ……こらっ、敷けってんだ!! ひどい目にあわすぞ……あれ、またふるえてやがるな。そんなにこわけりゃあ早く敷きな……おう、やっぱり表にいて、床を敷くのか? おうおう、ずいぶん長え手だな……まっすぐ敷きな、まっすぐに……それから、たばこ盆を枕もとに置いて……ごくろう、ごくろう……それからね、あしたの晩は、小僧をよこしておくれよ。縁の下を掃除してもらうから……大きいのとちいせえのと、ちゃんぽんにきてくれると便利でいいから……それからな、くれぐれもいっとくけど、あの、ぞーっとさせるのはやめとくれよ。おい、わかったかい? あれっ、またいなくなっちまいやがった。しまつがわりいなあ。すこし用をしたかとおもうといなくなっちまうんだから……まあいいや、あしたのことにしよう」  その晩はやすみまして、また翌晩になりますと、隠居は、化けもののでてくるのを待ちかまえております。 「なにをしてやがるんだろうなあ? 早くでてこなくっちゃあ用がたりねえじゃあねえか……きのうは、いま時分に大入道がでてきたんだが……まあ、だれでもいいや、早くでてくれりゃあいいのに……だれだ? その障子のそとに坐ってるのは? ……おい、障子をあけて顔をみせろ!! 早く障子をあけてみろ!! ……おっ、なーんだ、大きなたぬきじゃねえか……こっちへへえれ。ぐずぐずしねえで、こっちへへえれよ」 「へえ」 「ああ、そうか。おめえだな? いろんなものに化けてでるのは……」 「さようでございます」 「まあまあいいや。もっとこっちへこい……なんだ? どうした? ……涙ぐんでやがるな……どうしたんだ、からだのぐあいでもわりいのか?」 「いいえ……じつは、ご隠居さまにおねがいがございます」 「ねがいがある? なんだ?」 「へえ……いろいろお世話になりましたが、今夜かぎりおひまをいただきとうございます」 「なに? ひまをくれだと?」 「ええ、あなたさまのように、こう化けものつかいが荒くっちゃあ、とても辛抱ができません」

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  • hi-majine
    05.12.2020 - 5 monts ago

    古典落語 「化けものつかい」

     むかし、芳町に千束屋《ちずかや》という口入れ屋(職業紹介所)がございまして、ちょうど風呂屋の番台みたいな高いところに番頭さんが坐っておりまして、奉公口をさがす人たちが、このまわりをとりまいております。  番頭がまわりをみながら、 「おい、うなぎ屋の出前持ちの口があるよ。おい、だれかいかないか? うなぎが食えるぜ」  なんてことをいって、みんなにすすめております。 「おい、杢《もく》さん、おめえどうしたんだ? なぜ奉公しねえんだい?」 「だって、口がねえだ」 「そんなこたああるめえ? あんなにいろいろ呼んでるじゃあねえか」 「おらあ陰気な性分《しようぶん》だからな、うなぎ屋の出前持ちなんて派手な仕事はきれえだ。なるたけ人のすくねえうちがいいだ」 「おい、新規《しんき》の口があるよ。給金がいいぜ。だれかいかないかい?」 「おい、杢さん、新規の口があるとよ。聞いてみなよ」 「もし、番頭さん、その新規の口というなあ、なんですかね?」 「ああ、こりゃあばかに給金がいいんだぜ。男隠居ひとりなんだがね」 「おいおい、杢さん、そりゃあ新規じゃねえや。十日も前からあるんだ。ねえ番頭さん」 「おいおい、よけいなことをいっちゃあいけない。おい、杢さんとやら、どうだい、いかないかい? 隠居さんがきびしいんだがね、そのかわり給金は、よそよりずっといいんだ」 「いや、給金なんかかまわねえけどね、わしゃあ陰気な性分だから……」 「そんならちょうどいいや。なにしろ隠居ひとりなんだから……ただ、すこしばかり人づかいが荒いんだ」 「そんなことはかまわねえだ。おらあ、そこへいくべえ」 「いくかい?」 「へえ、いきますべえ」 「おいおい、杢さん、およしよ。およしったら……」 「よせよせったって、おらあ、そういうところが好《この》みだ」 「いくら好みだってね、三日といたものはねえんだぜ」 「なあに、おらあ、もういくときめたら、人がなんといってもいく気性だから……」 「およしよ、およしよ。わるいことはいわないから……だれがいっても三日といたことはないんだよ。たいがいの者が、おどろいて、一日で帰ってきてしまうんだ。およしよ」 「おらあ、よさねえ」 「きっとすぐに帰ってくるんだからむだだよ。およしよ。その隠居てえのは、けちな上に、ばかに人づかいが荒いんだそうだから……」 「なあに、いくら人づかいが荒れったって、人間が人間をつかうだ。天狗さまにつかわれるわけじゃああるめえ。するだけのことさえすりゃあ、だれがなんというものでねえ。おらあ、そこへいくべえ」 「そうかい、そんなにいうなら、もうとめねえからいっておいでよ」 「ああ、おらあ強情《ごうじよう》だから、いっしょうけんめいはたらくだ」 「ほんとうに強情だな。じゃあ、まあ、しっかりやっておいで……おい、番頭さん、この人がいくそうだよ。この杢さんが……」 「ああそうかい。奉公さきは本所だ。この札を持っていっておいで」  杢さんは、奉公さきを教えられると、さっそくやってまいりました。 「へえ、ごめんくだせえやし」 「だれだい?」 「へえ、千束屋からめえりやした」 「なに? 千束屋から? またまぬけなやつがきやがったな。これから奉公しようてえのに、玄関からくるやつがあるもんか。勝手口へまわれ、勝手口へ……」 「へえ、……しかし、勝手口がわかんねえでがす」 「そんなことがあるもんか。玄関がわかって勝手口のわからねえやつがあるか。そのせまい路地《ろじ》をずーっとはいると、右側に腰障子のはまってるところがある。そこが勝手口だ。いいか、わかったか? ……ちえっ、まったくどじなやつをよこしたもんだ。このごろは、ろくな奉公人がきやあしねえ。まったくこまったもんだ……おいおい、むやみにあがってきちゃあいけねえ。そこんとこはなあ、さっききれいに掃除したばかりなんだ。もう、なめてもいいようになってるんじゃあねえか。きたねえ足でずかずかあがられてたまるもんか……そこに手桶があるだろう? そばにぞうきんもあるはずだ。それを持ってって、井戸ばたへいって、足をきれいに洗ってこい……なにっ、もう洗ってきたのか? きれいになったか? おいおい、足をよくふいたか? ぬれた足でずかずかあがってきちゃあいけねえぞ……ふん、世話の焼ける野郎じゃあねえか……え? よくふいたか? じゃあ、こっちへきな……」 「へえ……」 「おめえか、千束屋からきたのは?」 「はあ、わしあ、はあ、杢兵衛《もくべえ》と申します。どうぞまあ、よろしくおねげえ申します」 「なんだ、杢兵衛? ……名前からしてまぬけなやつがきたもんだ。どうせくるんなら、もうすこし早くきてくれりゃあよかったじゃあねえか。おめえのきようがおせえから、掃除でもなんでも、おれがひとりでやっちまった。おめえのやることなんぞ、なんにもありゃあしねえや……まあ、しょうがねえ、きょうのところはね、ゆっくり骨やすめをして、あしたっからみっちりやっとくれよ。いいかい? ……しかし、待てよ……まるっきりねえわけじゃあねえな。すこうしぐらいは、やることだってあるんだが……まあ、仕事ってえほどの仕事でもねえさ、うん……おめえだって、そこにぼんやり坐ってるのも退屈だろうしなあ……そうだなあ、ちょっと待ちな、やることをさがしてやるから……」 「いや、むりにさがしてくれねえでもようがす」 「なにもむりにさがすてえほどの大仕事じゃあねえさ……そうだな……うん、物置きに薪があるからねえ、あれを十|把《ぱ》ばかり手ごろに割ってもらおう。それからね、薪のそばに炭俵があるから、なかの炭を切っとくれ、あまり長すぎてもつかいにくいし、みじかくてもまずいし、まあ、そこを適当にな。で、切っちまったら、縁の下に炭箱があるからな、切った炭をいれておくれ。いいかい、一本一本ていねいにいれるんだよ。ほうりこむと粉になっちまうからな……それからね、表のどぶがつまってるようだから、ひとつきれいに掃除しておくれ。それでな、どぶのほうがすんじまったら、庭の草をむしっとくれ。しばらくむしらねえから、だいぶ長くなってるんでな。そうそう、つかいにいってもらうところがあったっけ。いま手紙を書くからな、用がすんだらいってきとくれ。ゆくさきは品川だ。じきわかるよ。くわしく住所《ところ》と名前を書いとくから……そうだ。つかいといえば、ついでに浅草へまわってきとくれ」 「品川から浅草へでがすか?」 「そうだよ」 「それじゃあ、まるっきり南と北だ。ずいぶんはなれたついででがすな……じゃあなにかねえ、旦那のいった用をすっかりすまして、それから、その手紙を持って品川から浅草へいきますだね?」 「そうだよ」 「こりゃあおどろいた。今夜じゅうに帰ってこられますかね?」 「さあ? 今夜じゅうってわけにもいくめえが、夜のしらじら明けぐらいにゃあ帰れるだろうよ……まあ、きょうはそんなぐあいに骨やすめしといてもらって……」 「え? それで骨やすめ? ……めしは、いつ食わしてもらえますか?」 「めし? なにいってるんだ。きょうは骨やすめだよ。めしなんざあ食わせるもんか」 「えっ、めしは食わしてくださいやせんか?」 「ああ、一日ぐらい食わなくったって死にゃあしねえよ。まあ、きょうは、それくらいのところでからだやすめといて、あしたっから、みっちりはたらいとくれ」 「うへー……かしこまりました」  もうたいへんなさわぎ……この男が辛抱強い男で、いっしょうけんめいつとめますから、隠居のほうでは、いい奉公人にあたったと大よろこびでございます。近所の人たちもおどろいて、世のなかにあんなに人づかいの荒い隠居もないが、また、あんなによくはたらく奉公人もないといって評判をしております。こんなことで、三年という歳月が経《た》ちました。  このご隠居の家の近くに、ちょっと小ぢんまりした家がございます。ところが、どういうものか、そこの家に幽霊がでるという評判が立ちまして、半月と住む人がございません。たいていの人は、一晩か二晩で引っ越してしまいますので、しまいには、だれも住《す》み人《て》がございません。年中貸し家札がはりっぱなしというのですから、持ち主もやりきれません。安く売ってしまいたいものだということになりましたが、これを聞いてよろこんだのがご隠居で、もともとけちな人ですから、そんなに安いのなら買おうと、むこうへはなしをしますと、持ち主は大よろこびで、さっそく相談もまとまり、金と書きつけのやりとりもすませました。すると、持ち主が、 「さて、ご隠居さん、わたしも、あの家は、相当な金をかけてこしらえたのだから、こんなに安く売ってしまったのでは、まことにあわないのだが、これにはすこしわけがある。それも、まるで知らない人ならかまわないけれども、始終お湯や髪結床《かみゆいどこ》でお目にかかっている仲だけに、念のためにちょっとおことわりしておくけれども、あの家には……うそかまことか、わたしは見ないから知らないが、だいぶおかしなうわさがある。どんな変事か知らないが、それはもう、わたしのほうでは関係ありませんから、そのおつもりで……」  というはなしでございます。しかし、ご隠居のほうも、もともと承知の上で買ったのですから、すこしもおどろきません。それに、いままでいた家は、ほかの人がだいぶ欲しがっているので、そのほうに売れば、値をよく売れるという見こみがございます。居古《いふる》した家を高く売って、新規に安い家を買って引っ越せば、たいへんに割りがいいというので、ご隠居は、かえってほくほくとよろこんでおります。

     ある日のこと、杢兵衛さんが髪結床へやってまいりました。 「お早うごぜえます」 「おう、杢兵衛さんかい。お早う」 「ひとつ結《ゆ》っておもれえ申します」 「まだ結って間もないから、それほど乱れていねえじゃあねえか」 「それでも、はあ、ひとつ結いなおしておもれえ申してえ」 「ああそうかい。じゃあ、こっちへおいで……ときに、ご隠居は、あの化けもの屋敷を買ったというじゃあないか?」 「へえ、それについて、すこしおめえさまに聞きてえとおもうだ。おらあ、まあ、あすこのうちへきて、三年べえ辛抱《しんぼう》をしたけれども、こんどというこんどは、どうしても辛抱できねえ。おらあ、ちっともそとへでねえだから、世間でどんなはなしがあるか、まるで知らねえだ。つけえにでたところで、用が多くってむだばなしなどしてる間がねえだから、人のうわさなどをあまり聞いたことがねえ。ところがきのうだ。荒物屋のばあさまのいうにゃあ、こんど隠居さんが、化けもののでる家を買って引っ越すだという。家にいても、おらあそんなこと聞かなかった。第一《でえいち》、化けもののでる家へいくなどというのは、はじめて聞いただ。おらがいくら陰気な性分でも、化けものはきれえだからな。ほんとうに化けものがでるようなら、おらあ、とても辛抱はできねえだけれども、まったくかね?」 「ああ、まったくだともさ。だれだってこのごろは、三日と辛抱する者のねえ家だ。隠居さんは、安いものだからと買ったんだが、あの家には、いくらなんでも辛抱ができめえとおもうんだ。もしもやせがまんをして辛抱すれば、しまいには、化けものにとり殺されてしまうだろうと、みんなでうわさしてるんだ。それにつけても、おまえさんのことは、世間でみんなほめてるよ。よくまあ、あんな家に辛抱してはたらいているって……」 「おらもはあ、みんながとめるのもきかずに、強情を張ってあすこの家へ奉公にきただから、意地ずくで辛抱をしているうちに、とうとう三年経ってしまったが、こんどというこんどは、どうしても辛抱できねえだから、ひまをもらうとしますべえ」 「わるいことをすすめるようだが、命あっての物種《ものだね》だからな」 「へえ、ありがとうごぜえます。それでも、店の旦那さまは、隠居さんとちがって気前《きまえ》のいい人だから、つけえにいくたんびに、『これでどこかでそばでも食っていくがいい』といって、いくらかずつ小づけえをくだすったのと、給金をつかわずに貯《た》めておいたのとで十二両二分ばかりある。これだけあれば、国へ帰ってどうにかなるだから、なんとかうめえことをいって、きょうすぐひまもらって国へ帰るべえとおもいます」 「ああ、それがいい、それがいい。国もとで病人がでたとかなんとかおいいよ。じゃあ、これがおわかれだな」 「どうもいろいろとご厄介になりまして、ありがとうごぜえます。じゃあ、ここへ銭置きますから……」 「ああ、杢兵衛さん、きょうはいらないよ。もらわないでもいいよ。それからね、こりゃあわずかばかりだが、餞別《せんべつ》だ。持っていっておくれ」 「あんれまあ、そりゃあどうもすまねえだな。髪をただで結ってもらって、その上に餞別までもらっちゃあすまねえだな」 「そんなことをいわねえで、持っていっておくれ」 「そうですか。それじゃあまことにすまねえだが、せっかくだから、遠慮なくもらっていきますべえ。お世話になりやした。さようなら」

    「ああ、おそくなってすみません」 「どこへいってたんだ? やあ、髪結床へいってきたんだな。たいへんにきれいになって帰ってきたな」 「さて、あらためて、おめえさまにすこしはなしがあるだが、どうか聞いてくだせえ」 「なんだい? あらたまって……」 「ほかでもねえだが、きのうつけえにいったとき、国の知りあいにあいやしたが、その人のいうには、おらの兄貴が大病で、とても助かる見込みがねえらしいというだ。もしも兄貴にまちげえがあれば、二番目がおらだから、国へ帰って後をつがなけりゃあならねえ。とにかくひまをもらって国へ帰らなけりゃあならなくなっただ。まあ、そういうわけだから、どうかひまをくだせえまし」 「そうか。そりゃあどうもこまったな。おまえにはまだはなさなかったが、こんどわたしが家を買って、もう引っ越そうという間際《まぎわ》なんだが……」 「なあに、引っ越しぐれえ手つだってもいいだよ」 「しかし、大病人だというなら、すこしも早く帰らなけりゃあいけなかろう?」 「いや、その……おらあ、はあ、うそをつくことは、どうも性《しよう》にあわねえだから、ほんとうのことをいっちまいますべえ。じつは、いまいったことはつくりごとだ」 「なんだい、うそかい?」 「へえ、兄貴が病気でもなんでもねえ。たいげえの者ならば、まあそういってひまをとるだが、おらあ、はあ、そんなうそをつき通すことができねえだから、正直にいうだが、こんどおめえさまが買って引っ越すというのは、化けもののでる家だというでねえか? 化けものときたら、とても辛抱できねえからおひまをいただきやす」 「そうか。まあ、そういうわけならしかたがねえ。おまえのような奉公人は、めったにないから、ひまはやりたくないけれども、もうむこうの家は買っちまったし、この家は、人にゆずってしまったのだから、どうしても引っ越さなけりゃあならねえ。むこうの家へ越すのならひまをくれろというのだから、とてもはなしは折りあわねえな。しかたがねえから、おまえにひまをやろう。けれども、いままでふたりで暮らしていたのに、急にひとりになってはさびしいが……まあいいや、化けものがでるというから、退屈しのぎになっていいだろう」 「おめえさまは、そんな度胸のいいことをいうだけれども、よしたらよかんべえ。世間で、みんながおそろしいとうわさしてるだから、人がわりいということは、よすもんだよ」 「そういわれても、どうもいまさらよすわけにもいかねえやな」 「それじゃあ、まあ、おめえさまの勝手にするがええだが、たしかおらがあずけておいた十二両二分があるはずだ。それをけえしていただきてえ」 「よしよし。それじゃあ、おまえからあずかったのが十二両二分、それに、おれが二分餞別をやって十三両、これを持っていくがいい」 「どうもありがとうごぜえます。それじゃあ遠慮なくいたでえてめえりやす……さて、ご隠居さま、おらも、こうしてひまもらってしまえば、いままでの奉公人ではねえ。もう、主人でもなけりゃあ家来《けれえ》でもねえ」 「いやに薄情《はくじよう》になりゃあがったな……たしかにまあ、主人でもなきゃあ家来でもねえ」 「そんだら、おらあ、ひとこといいてえことがあるだ」 「なんだい? あらたまって……」 「さてさて、おめえさまぐれえ人づけえの荒え人はねえだ。いくら人間すりきれねえといったって、際限《さいげん》のあるもんだ。おめえさまのようにつかわれちゃあ、力も根《こん》もつき果てちまうだ。それもむだに人をつかうだな。早えはなしが、『杢兵衛、豆腐買ってこい』てえから、豆腐買って帰ってくると、『がんもどき買ってこい』……がんもどき買ってくると、『あぶらげ買ってこい』……あぶらげ買って帰ってくると、『生《なま》あげ買ってこい』……豆腐屋と家のあいだをいったりきたりしているだ。それよりも、はあ、『杢兵衛、豆腐とがんもどきとあぶらげと生あげを買ってこい』っていやあ、いっぺんで事がすんじまうでねえか? それから、よそから帰ってきたときだってそうだ。おめえさまの着物の脱ぎようてえなあねえや。まず玄関で羽織を脱いで、茶の間でもって着物を脱いで、奥へいってじゅばんとふんどしをとるでねえか。ええ? 三ヵ所にかわるだあ。なんでもよけいな手数ばかりかけるだ。おめえさまのようでは、とても人をつかうことはできねえだよ。おめえさまは、千束屋へそういってやれば、すぐにかわりがくるなんておもってるだんべえけど、いやあ、とてもこねえ。おめえさまの評判がわるすぎるだからな。それよりも、ほうぼうへたのんで、だれかいい人をさがしてもらいなせえ。よけいなこんだけれど、おめえさまのためをおもっていうだから、わるくおもってくんなさるなよ」 「いや、おまえに叱言《こごと》をいわれてめんぼくないが、どうもこれがわたしの病気なのだ。自分でもわるいとおもいながらよせないのだ」 「それじゃあ、まあ、しかたがねえけんども、できるだけは、人をいたわってつかいなせえよ。まあ、それはそれとして、引っ越しをするのに手がなくってはこまるべえ。おらが手つだうだから、すぐに越してしまいなせえ」  と、わきから車を借りてまいりました、すっかり荷物をむこうの家へはこんで、きれいに掃除をして、晩ごはんのしたくまでしまして、 「もうそろそろ夜になるだから、これでおいとましますべえ」 「いや、大きにごくろうだった。おかげで助かったよ。しかし、おまえのような奉公人は、じつにめずらしいな。これまでずいぶん奉公人もつかったが、おまえのような男は、いままでにひとりもなかった。ひまをだすのは惜しいが、どうもしかたがねえ。感心だなおまえは……そのかわり、いまにきっと出世するよ」 「いや、おらだって、三年のあいだそばにいただから、わかれるのはなんとなくつれえけんども、どうも化けものがでる家じゃあ、どうにも辛抱できねえだから、これで帰りますよ。それから、お店のほうへもおいとま乞《ご》いにいかねえじゃあわるいだけんども、いくと、あの旦那さまのことだから、餞別のなんのって気をつかわせてはすまねえからお寄り申しやせん。どうかおめえさまからよろしくいってくだせえまし。では、これでおわかれ申します。さようなら」 「ああ、とうとう帰っちまったか。惜しい男だったなあ。しかしまあ、どうもしかたがねえ……ひとりになったせいか、急にさびしくなった。早く化けものでもでてくれればいいが……」  晩ごはんをすませましたが、まだ眠るには刻限《こくげん》が早うございますから、あんどんの灯《ひ》をかきたてまして、書見をはじめました。すると、昼のつかれがでましたものか、いつのまにか、こくりこくりといねむりをするようになりました。 「あっ、あっ、あー寒い。いやにぞくぞくするぞ……うん、いねむりなんぞしてたから、ひょっとしたらかぜでもひいたんじゃあねえかな? どうもぞくぞくと寒気《さむけ》がしていけねえなあ……おやおや、障子がひとりでにあいたよ。ああ、いよいよ化けもののご出現か。前ぶれなんぞどうでもいいから、さっさとでておいで。杢兵衛がいるうちはよかったが、いなくなったら急にさびしくなってこまっていたところだ。さあ、早くでてきてくれ……やあ、でてきた、でてきた。なんだ、ひとつ目小僧か。妙なものがでてきやがったな……ああ、おまえか? でてくるときに、ぞーっと寒気をさしたの? ありゃあおよしよ。おい、いつでてきてもかまわねえけども、あの、ぞーっとさせるのだけはやめとくれよ。それにしてもおもしろいやつがでてきたなあ。こいつは、ちいさくってつかいいい化けものだ。おいおい、せっかくでてきて、じいっとそこへ坐ってちゃあしょうがないな。でてきたんならでてきたように、なにかしなくっちゃあいけねえなあ……うん、そうだ。晩めしのあとかたづけをやってもらおうか……おい、おまえねえ、ここにある膳をな、台所へ持ってって早く洗いな……おい、なにをかんがえてるんだ? ぐずぐずかんがえたってしょうがあるめえ? 早くやれ、早くやれ……おいおい、たすきをかけなよ。たすきをかけなくっちゃあ十分にはたらけねえやな……ああそうそう……それからね、尻《しり》をはしょって……台所ではたらくのに、そう着物をずるずる着ていては、裾《すそ》をひきずって、まるでお姫さまがなにかするようで、はたらくのに骨が折れてしょうがねえ。第一着物の裾がたまらねえや……そうそうそれではたらきよくなったろう? ええ? ……いいかい? 茶わんだの、皿だのは、ていねいにあつかいなよ。らんぼうにあつかって、欠いたりなんかするなよ……ああ、水をたっぷりつかってよく洗うんだ。もっと力をいれて、ごしごしよく洗わなくちゃあいけねえ……そうそう、もっとよくごしごし洗って……うん、うめえ、うめえ……で、なんべんもよくゆすいで……ゆすげたか? じゃあ、そのざるの上に伏せといてな、水の切れたところで、上にふきんがあるから……上だ上だ、下のはぞうきんだよ。上にかかってるのがふきんじゃあねえか……うん、それでね、洗ったものをきれいにふいて……ふいたか? よしよし、そこの戸棚へしまうんだ。それからな、ふきんは、よくゆすいで、もとのところへかけておきなよ。あれっ、下が水だらけになっちまったじゃあねえか。よくふいとかなくっちゃあ……おっとっとっと、こらこらっ、ふきんでふくんじゃあねえ。下をふくのはぞうきんだ。しょうがねえなあ、ふきんとぞうきんの区別がつかねえようじゃあ……うん、しっかりふいとくんだ。ふいちまったか? じゃあ、瓶《かめ》のなかをのぞいてみな。水があるか? え? だいぶすくなくなってる? じゃあな、手桶を持ってってな、井戸から二、三ばい汲《く》みこんどけよ。夜なかにまたどんなことで水がいらねえともかぎらねえから……ああ、汲みこんだか? よしよし、こっちへおいで、早くおいで、まだたくさん用があるんだから……さあ、こっちへきて、早く床を敷いてくれ。なに? 床を敷くのはいやだ? こらっ、なまいきいうなっ、用をいいつけられて、いやだのなんだのというと、ひでえ目にあわすぞっ……あれっ、ふるえてやがる。弱《よえ》え化けものじゃあねえか……おい、なにもふるえなくってもいいんだよ。いきなりひどい目にあわすってんじゃないんだからな、おめえがいいつけられたことをしなけりゃあ、ひどい目にあわすってんだから……さあ、早くこっちへきて、そのふとんを敷くんだ……もっと手早くできねえかなあ。おいおい、まっすぐ敷いてくんな。おれは、床のまがってるのはきらいなんだから……敷いたら、枕《まくら》もとにたばこ盆を置いて……そーれみろ。やりゃあ、ちゃんとできるじゃあねえか……こっちへこい、こっちへこい……よし、そこへ坐れ。あれっ、愛嬌のいいやつだな。にこにこ笑ってやがらあ……え? 笑ってるんじゃありません? 泣きっつらをしてるんです? なんだい、笑ってるんだか、泣きべそをかいてるんだかわからねえってえのはおもしろいなあ……さあさあ、ぼんやり坐ってるんじゃあねえ。肩をたたいてくれ。おい、なにをかんげえているんだ? なに? いやだ? こらっ、またいやだなんてぬかして!! ひどい目にあわすぞ!! ……またふるえてやがるな。だらしのねえ野郎だ。いいから、早くたたけ……そうだそうだ、なかなか力があるな……ああ、うめえ、うめえ。どうして、こりゃあてえしたもんだ。杢兵衛よりよっぽどうめえや……ああよしよし。うんよし。もういい、いいといったらよしなよ。なんでもおれのいう通りにするんだ……おい、もういいってんだよ……なに? どうせやけくそです? ばかっ、やけくそで用をするんじゃあねえ。なにごとも素直《すなお》にやるんだ……さあ、おれの前へ坐れ。おい、おまえねえ、あしたは、もっと早くでてこなくっちゃあいけねえぞ。夜なかになんぞでてきたって用がたりゃあしねえ。あしたはな、昼間のうちにでてきて、買いものやなんかしたり、掃除をしたりするんだ。いいか? わかったか? ……おい、小僧、まだ用があるんだよ……ちえっ、しょうがねえなあ。あわててどっかへいっちまって……まあいいや、床は敷いてあるんだから、とにかく今夜は寝よう」  たいへんな人があったもんで、その晩はぐっすり寝てしまいました。  その翌晩になりますと、もう小僧がでてくる時分だと、隠居さんが心待ちに待っておりますと、ぞくぞくっと寒気《さむけ》がしたかとおもうと、障子へさらさらさらっと髪の毛がさわる音がしたと同時に、障子がすーっとあきましたので、ひょいとみますと、色青ざめた骨と皮ばかりの女がそこに坐っております。 「またぞくぞくっとさせやがるな。これは抜きにしてもらいたいな……おやおや、今夜は女だな……おいおい、ねえさん、もっとこっちへお寄りよ。なあに、おれは年寄りだから、そばへきても大丈夫だよ。くどいたりしやあしねえから……安心してこっちへおいで……ちょうどいいところへきてくれた。さっそくだが、その着物の袖口をなおしとくれ。それがすんだら、じゅばんの襟《えり》をかけかえておいておくれ……そうそう、やっぱり女だ。手ぎわがいいや……それからな、戸棚に足袋《たび》のよごれたのが二、三足はいっているから洗っておいておくれ……なに? もう洗った? ずいぶん早えなあ。うん、やっぱりそういう仕事は女にかぎるな……では、そこに爪《つま》さきの切れた足袋があるから、継《つ》いでおいておくれ……ほう、なかなか仕事は早いねえ。いや、うまいもんだ……女というものは、裁縫ができないと、一生肩身をせまく暮らさなければならねえ。おまえのように、なにをしても手早くできる女は、どこへいっても安心だ。あしたもまたでてきておくれ。それからな、でてくるときに、あの、ぞーっとさせるの、ありゃあ気持ちがわりい。あれだけはやめてな……おい、ねえさん……おやおや、消えちまった。まだ床も敷いてねえじゃあねえか。しょうがねえなあ。まあ、自分で敷いて寝るか」

     翌晩になると、隠居は、もう化けものを心待ちにしております。「給金をやらないのと、めしを食わせないだけ杢兵衛よりいいが、ただ昼間でてこないので用がたりなくていけねえ。なんとか昼間でてもらうように掛けあおう」なんてことをかんがえておりますと、また、ぞーっと寒気がいたしました。 「よせやい。でるたんびに寒気《さむけ》をさせやがってゆうべあれほどいっといたのにな……これからは、どうしても、寒気を抜きにしてもらおう……ああ、障子があいたな……どうしたんだ? なにもでてこねえじゃあねえか。なにをぐずぐずしてるんだ。早くでねえか……おやっ、なんだろう? ずしん、ずしんとたいへんな音がするぞ。地震かしら? ……あっ、おどろかせやがるな。なんだい、大きな松の木みたようなものがぬーっとでたが……あれっ、こりゃあ毛むくじゃらの足だ。足ばかりで胴がみえねえじゃあねえか。胴はどうしたんだ? おやおや、足を折ったな。なるほど、膝をつかねえと、からだがはいらねえのか。こりゃあどうも大きいや。坐っても天井にあたまがつかえるな。なんだい? 上のほうにぴかぴか光ってるのは? ……なんだ、目玉か。しかも三つあるな。一昨夜《おととい》はひとつ目小僧だったが、今夜は三つ目大入道ときたな。絵じゃあみたことはあるが、なるほどうまく化けたもんだな。きょうは、おまえの番か? ああそうかい。ごくろうさま。いいんだよ、べつにだれだっていいんだから……さあさあ、せっかくでてきたんだ。さっそく用をやってもらおう。なに? 用はいやだ? こらっ、用はいやだなんて、とんでもねえやつだ。なんのためにでてきたんだ? こらっ、この野郎!! ひどい目にあわすぞ!! ……あれっ、大きなくせにふるえてやがるな。どうも化けものってやつは、おもったよりもいくじがねえもんだな……さあ、用をやるんだ……ちょうどいいや。屋根の上の草をむしってもらおう。おう、はしごいらずか? こりゃあ重宝《ちようほう》だな……うん、よしよし、早えなあ、もうやっちまったか? ……それからな、ひとつ目小僧のやつは力がねえとみえて、瓶に水を半分しかいれていかなかったが、きょうは、いっぱいいれておくれよ。なんだい、水瓶を片手でさげていくのか? ……おうおう、井戸のなかへ瓶をいれて、下までとどくのかい? なるほど、手が長《なげ》えからな……おやおや、水瓶へ水をいっぱいいれて、軽々《かるがる》とさげてきやがったな。ああ、そこに屋根から落ちたごみがある。それをちょいと掃きだしといとくれ。なんだ、吹くのか? ああなるほど……きれいに吹いちまったな。もうたくさんだ、たくさんだ。あんまり強く吹いたもんだから、ざぶとんが三枚も飛んじまった。まごまごしてると、おれまで飛ばされちまわあ……なに? 肩をたたいてくれる? こりゃあ小僧よりも気がきいているな……なんだ? そこにいてたたくのか? なるほど、手が長えから、表にいてたたけるのか……ああ、いてえ、いてえ。もっとそっとたたいてくれ……ああ、うめえ、うめえ。ちょうどいいぐあいだ……なに? 指でたたいているんだと? こりゃあおどろいたな。指さきの力がそんなにあるのか? ああ、ごくろう、ごくろう。もうたくさんだから、床を敷いてくれ……なに? 床はいやだ? この野郎!! ……化けものはどうして床を敷くのをいやがるのかなあ……こらっ、敷けってんだ!! ひどい目にあわすぞ……あれ、またふるえてやがるな。そんなにこわけりゃあ早く敷きな……おう、やっぱり表にいて、床を敷くのか? おうおう、ずいぶん長え手だな……まっすぐ敷きな、まっすぐに……それから、たばこ盆を枕もとに置いて……ごくろう、ごくろう……それからね、あしたの晩は、小僧をよこしておくれよ。縁の下を掃除してもらうから……大きいのとちいせえのと、ちゃんぽんにきてくれると便利でいいから……それからな、くれぐれもいっとくけど、あの、ぞーっとさせるのはやめとくれよ。おい、わかったかい? あれっ、またいなくなっちまいやがった。しまつがわりいなあ。すこし用をしたかとおもうといなくなっちまうんだから……まあいいや、あしたのことにしよう」  その晩はやすみまして、また翌晩になりますと、隠居は、化けもののでてくるのを待ちかまえております。 「なにをしてやがるんだろうなあ? 早くでてこなくっちゃあ用がたりねえじゃあねえか……きのうは、いま時分に大入道がでてきたんだが……まあ、だれでもいいや、早くでてくれりゃあいいのに……だれだ? その障子のそとに坐ってるのは? ……おい、障子をあけて顔をみせろ!! 早く障子をあけてみろ!! ……おっ、なーんだ、大きなたぬきじゃねえか……こっちへへえれ。ぐずぐずしねえで、こっちへへえれよ」 「へえ」 「ああ、そうか。おめえだな? いろんなものに化けてでるのは……」 「さようでございます」 「まあまあいいや。もっとこっちへこい……なんだ? どうした? ……涙ぐんでやがるな……どうしたんだ、からだのぐあいでもわりいのか?」 「いいえ……じつは、ご隠居さまにおねがいがございます」 「ねがいがある? なんだ?」 「へえ……いろいろお世話になりましたが、今夜かぎりおひまをいただきとうございます」 「なに? ひまをくれだと?」 「ええ、あなたさまのように、こう化けものつかいが荒くっちゃあ、とても辛抱ができません」

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  • hi-majine
    10.11.2020 - 6 monts ago

    三軒長屋

     三軒つづきの長屋がございまして、一番|端《はし》が、勇み肌の鳶頭《かしら》の家で、ときどき若い連中があつまっては、木遣《きや》りの稽古《けいこ》をする、そのあとで酒がはじまって、都々逸《どどいつ》や新内でもやってさわごうというようなことでして、まんなかが、三毛猫が一匹に下女がひとり、鉄びんの湯がちんちんわいていて、火鉢のそばには、赤いふとんが敷いてあって、その上に坐って、一中節とか、端唄《はうた》でもやるというようないきなお妾《めかけ》、そのとなりが、剣術の先生で、楠運平《くすのきうんぺい》 橘正国《たちばなのまさくに》というひとで、通ってくる者は、みじかい袴《はかま》に、刺し子の稽古着、「お面、お小手!!」で、一日じゅうどたんばたんやっちゃあ、 「いや、宮本武蔵と佐々木巌流との試合はでござるの……」 「荒木又右衛門、伊賀の上野、鍵屋の辻の仇討ちのみぎりには……」  とか、そのはなしときたら、どうも色っぽくないことおびただしいものでございまして、こんなひとたちにはさまれたまんなかの家は、まことに災難でございます。

    「あねさん、こんちは」 「おや、おいで。こっちへおあがりよ、金公」 「あねさん、すまねえが、すこしたのみてえことがあってきたんでごぜえますが、鳶頭《かしら》はどうしました?」 「仲間の寄りあいででかけたまんま、もう三日も帰らないよ」 「そうですかい。じゃあ品川かも知れねえ。ええ、鳶頭は、つきあいが多うござんすからね。それにまあ、あねさんの前でいうのもなんですが、鳶頭なんざあ、男っぷりはいいし、銭ばなれがきれいで、下の者をかわいがってくれるというのだから、どうしたって女《おんな》っ惚《ぽ》れはするし、品川の女なんぞ、鳶頭にばかなのぼせようで、鳶頭のほうでもまんざらでねえんで……」 「おまえ、なにかい? 夫婦|喧嘩《げんか》でもさせにきたのかい?」 「いいえ、そういうわけじゃあねえんで……じつはね、この家の二階を借りてえんですが、いまもみんなでそういっていたんで……鳶頭の家もいいが、あの山の神がうるせえからってね」 「うるさくってわるかったね」 「あれっ、ねえさん、聞いてたんですか?」 「おまえ、だれとはなしてるんだい? ……そうはっきりおいいでないよ。どうせわたしは山の神だよ」 「そうでしょう? 自分でいうんだから、たしかなもんだ」 「なにをいうんだよ。家の二階をなんにつかうんだい? 寄り合いかい?」 「いいえ、喧嘩の仲なおりなんで……」 「ほんとうにおまえは、よく喧嘩ばかりしているねえ。どうしたんだい、おまえと、相手はだれなんだい?」 「いいえ、あっしじゃあねえんで……」 「おまえはなんだい?」 「あっしは仲人《ちゆうにん》(仲裁人)なんで……」 「ふふふふ、こりゃあおもしろいや。おまえが仲人をするとはねえ……雨でも降らなきゃあいいが……いったい、だれが喧嘩したんだい?」 「へえ、久次の野郎とへこ半なんで……」 「どうしたのさ」 「なあにね、久次の野郎が横丁の湯へへえっていると、半公の野郎が、あとから飛びこんできたんです。まあ、ふたありとも仲がいいんだし、はじめは、背なかのおっつけっこかなんかしやがってね、ふざけていたんだそうで……そのうちに、久次の野郎が……あいつは、のどじまんですからねえ、いい気持ちになって唄ってやがったんですがね、どうしたはずみか、半公のやつ、久次の鼻っさきで、ぶいとやりゃあがったんです」 「きたないねえ、まあ」 「ええ、ですから、久次のやつが怒ったんで……『ふざけるない、するにことをかいて、ひとの鼻っさきで、くせえ屁《へ》をするやつがあるもんか』と、こういったんでさあ。そこんとこで、半公のやつが、どうもすまねえってんで、あやまっちまえばいいものを、野郎もまた口がへらねえもんだから、『くせえ屁でも、おれがひったんだ。くせえ屁のひとつもかぎあうのが、友だちのよしみだ。くさくなけりゃあ銭はとらねえ。ぐずぐずぬかすんなら、いま、かいだのをかえせ』といったんでさあ」 「まあ、あきれたもんだねえ」 「へえ、するとね、久次のやつが、いきなり半公をはりたおして、『ふざけたことをいうねえ。おもてへでろ』というのがきっかけで、流しでもって、小桶の投げあいをはじめて、しまいには、組んずほぐれつやってるうちに、半公のこめかみへ久次のやつが食いついて、肉を食い切っちゃうというさわぎ……」 「まあ、たいへんなさわぎになったんだねえ」 「そこへあっしがとびこんでいくと、久次のやつ、『人間の肉てえものは、酸《す》っぺえもんだ』といって、吐《は》きだしたもんですから、よくみると、半公が、頭痛がするってんでね、梅ぼしをこめかみへ貼《は》っておいたやつをかじったんで……」 「なんだねえ、ばかばかしい」 「まあ、そういうわけで、あっしがあいだへへえって、なんとかおさめましてねえ、このままにしておいちゃあいけねえから、どうか仲なおりをさせようとおもうんですが、待合《まちあい》を借りるでもねえから、鳶頭の家の二階を借りて、ひとつ手打ちをしようということになったんで……」 「そうかい、それじゃあ、貸してやるけれども、しずかにするんだよ」 「へえ、しずかにします。もしも大きい声をだすやつがいやあがったら、あっしがぶったたいてやる!」 「それがいけないんだよ。ほんとうにしずかにしてくれないとこまるよ……で、いつなんだい?」 「いますぐなんで……みんなおもてへきて待ってるんで……」 「気が早いね。それじゃあおあがり……」 「おう、みんな、こっちへへえんなよ。あねさんがな、貸してくださるとよ。早くへえれ。こっちへへえれよ。ぐずぐずするな、このまぬけめ!!」 「なんだねえ、まぬけめだなんて……それがいけないんじゃあないか」 「すいません」 「さあさあ、みんなおはいりよ」 「ええ、あねさん、こんちは」 「おや、松つぁんかい?」 「ええ、こんちは」 「おや、留さんだね」 「へい、こんちは」 「辰つぁんかい、おあがりよ」 「へい、あねさん、こんちは」 「寅さんだね」 「こんちは」 「へえ、こんちは」 「こんちはあ」 「ええ、こんちは」 「こんちはあ」 「まあ、大勢きたんだね。さあ、どんどんおあがりよ。いいかい? しずかにね……」 「おうおう、あねさんが、ああおっしゃるんだ。しずかにあがれ、しずかに……やいやい、なんだって途中でぶらさがってんだ? ちくしょうめっ、ふざけてやがると、ぶったたくぞ!!」 「なにいってんだよ。おまえが一番うるさいよ」 「へえ、あねさん、すいません」 「みろい、てめえがまぬけだから、おれが叱言《がり》食うじゃあねえか……さっさとあがれ。おいおい、亀公、てめえ、なんだ?」 「え?」 「なんだよ、てめえは?」 「いえ、二階へあがって、みんなといっしょに一ぺえ……」 「ばかっ、まぬけっ、とんちきっ、あんにゃもんにゃ!! みんなといっしょに一ぺえだと? てめえなんぞ二階で酒飲むってつらかよ。縁の下へへえって、めめず(みみず)でもくらってろ!! 二階は役つきばかりだ。てめえなんぞ階下《した》へ降《お》りてろい。貫禄《かんろく》がちがわあ。まごまごしやがると、蹴おとすぞ!!」 「またやってるね、それがいけないってんだよ。もうすこしやさしくいっておやりよ」 「へえ、あねさん、すいません」 「ねえ、亀、おまえもいけないんだよ。おまえなんぞ二階へあがったってしょうがないよ。階下《した》にいて、すこし用をしとくれ」 「へえ、どうもすいません。みんながあがるから、あっしもついうっかりあがろうとしちまったんで……へえ、どうも……」 「さあ、こっちへきておいで……だれだい? ああ、魚屋さんかい? ああ、あつらえてきたんだね、さしみを? じゃあ、こっちへおいといて、なにか、かぶせときなよ……えっ、酒屋さんかい? みんな手まわしがいいんだねえ……さあさあ、亀や、ぼんやりしてないで、七輪《しちりん》で火をおこして、お燗《かん》をするんだよ」 「へえ、さっそくはじめます……ええ、あねさん、どうもいろいろとおさわがせしてすみませんねえ。鳶頭はなんですか、まだお帰りがねえんですか? ああ、さいですか……しかし、まあなんですねえ、うちの鳶頭は、ほんとうにおもいやりがあって、いいひとですねえ、あっしみてえな三下《さんした》つかめえても、おもてで会うと、『おう、兄い、もうかるかい?』なんていってくださるんで……こっちはきまりがわるくなっちまうくらいでござんして……貫禄があってそういってくれるんだから、自然とあたまがさがりまさあ……そこへいくと、二階にいるやつらなんざあ、いばる一方なんだからくだらねえや……あれっ、あねさん、いま、家の前を通った女がござんすね?」 「ああ」 「いい女ですね。ありゃあなんです?」 「なんでもいいじゃあないか」 「よかあねえ、心配でさあ。ほんとうにありゃあなんです? ひとり者ですかい?」 「相手があるんだよ」 「相手がある? ちくしょうめ、ふてえ野郎だ。どこのなんてえやつだ。べらぼうめっ、さあ、でてこい!!」 「なんだよ、大きな声をして……ありゃあ、質屋の伊勢勘の妾《めかけ》だよ」 「えっ、あのじじいの? ……うーん、ずうずうしいじじいだ。歯もなんにもねえくせに……」 「歯がなくったって、銭があらあね。おまえなんぞ、歯があったって、銭がないじゃあないか」 「ああ、なるほど……しかし、まあ、くやしいなあ」 「ちょいと、ちょいと、おまえ、さっきから、ばたばたとうちわでやっているけれども、七輪をあおがないで、猫のお尻《しり》をあおいでるじゃあないか」 「ええっ? あっ、こんちくしょう、なんだってだまっていやあがるんだ? ……あねさん、どこかへいくんですか?」 「うん、ちょっと横町の湯へいってくるからたのむよ」 「よござんすとも……へい、いってらっしゃい……うん、しかし、いい女だな。うちのあねさんもいい女だけどね、いくらいいといっても、もう年だ。そこへいくと、となりの女はなんともいえねえなあ。どうも、もう一度みてえもんだな。でてこねえかしら? もう一ペんでてきそうなもんだなあ……顔がみてえな。なんかいい工夫はねえかな? ……そうだ、となりへいって、なんか聞きゃあいいや。『ええ、ちょっとうかがいますが……』『なんでしょう?』『ええ、となりの鳶頭の家は、どこでござんしょう?』……こりゃあまずいや。わかってて聞いちゃあいけねえや……あれっ、となりの障子があいたぞ!! ……なんだい、ひでえものがでやあがった。ありゃあ下女かい? おかみさんにひきかえて、こりゃあまずいつらだなあ。囲《かこ》い者《もの》(妾》なんてえものは、人間の見立てがうめえや。こういうもんを飼《か》っておきゃあ、てめえが引き立つからなあ……おーい、みんな、二階から下のほうをみねえ。となりの家から化けもんがとびだしゃあがった」 「なんか階下《した》で、お燗番がどなってるぜ……なるほど、まずいつらの下女がでやあがった。髪の毛は、とうもろこしのようにちぢれていて、大きな尻《けつ》をふりたてて駈《か》けだしゃあがった。やーい、てめえなんぞ、駈けだすより、ころがるほうが早えぞ!! わーい」 「やあ、こっちみて泣いてやがる。やーい、化けもん、てめえなんぞ泣くつらじゃあねえぞ。わんわん吠《ほ》えろ、やーい!!」

    「なにをおまえ泣いてるんだい?」 「わたしは、もうこちらさまにはご奉公ができません。どうかおひまをくださいまし」 「いったいどうしたんだよ?」 「だって、わたしのことを、となりのやつらが、『化けもんだ、化けもんだ』っていうんですもの……くやしくって……」 「だからおまえにいったじゃあないか。わたしが、さっきちょいとみたら、おとなりの二階に若い衆があつまっているから、おもてへでるなというのに、なぜでたんだよ? お泣きでない、みっともない……おや、旦那、おいでなさいまし。まことにおあつうございます」 「たいそうあつくなったね……どうしたんだ? おたけ、なにを泣いているんだ? またおまえがしかったんだろう? どうもおまえは、叱言《こごと》が多くっていけないよ」 「いいえ、そうじゃあないんですよ」 「どうしたんだ?」 「いいえね、これがおもてへでてね、となりの若いひとたちにね、『化けもん、化けもん』といわれて、くやしがって泣いてるんですよ」 「そうか。いやあ、うっちゃっとけ、うっちゃっとけ……まあ、それにしてもにくいやつらだ。いまも、わたしが路地《ろじ》へはいってくると、『やあ、やかんが通る、やかんが通る』というから、なんだろうとおもって、あおむいてみると、となりの二階から大勢若いやつが首をだして、おれのあたまへ指さしをして笑っていやあがった」 「まあ、うまいことをいいますね」 「おい、ほめるやつがあるか。おまえは、敵かい? 味方かい?」 「あのう、わたしも旦那におねがいがございます」 「なんだ?」 「まことにすみませんが、ここの家を越してくださいませんか?」 「引っ越す?」 「だって、旦那の前でございますけど、がまんできゃあしませんよ。となりは剣術の先生でしょう? もう、このごろは、夜稽古《よげいこ》まではじまって、『お面』、『お小手』ってんで、壁へドスンドスンぶつかりますし、こっちの鳶頭《かしら》の家では、酔っぱらいが、『さあ殺せ、さあ殺せ』って喧嘩でしょう? 剣術と喧嘩のあいだにはさまれて、わたし、血のぼせがしちゃいますよ」 「そんなことをいっちゃあこまるな。このあいだ越したばかりじゃあないか。しかし、なんでも越せというなら越してもいいが、じつは、ここの地面は、おれのうちに家質抵当《かじちていとう》にはいっていて、もうすこしで年限が切れるから、そうすると、二軒とも立たしちまって、三軒を一軒にしてしまう。楠さんのほうを庭にして、鳶頭のほうを土蔵にしてしまえば、だいぶ広くなるから、もうすこしの辛抱だ。石の上にも三年ということがある。横町の占《うらな》い者などは、どぶ板の上に七年もいらあ」

     となりのほうは、だんだんと酒がまわってまいりました。 「もういいかげんにしろやい」 「なんでえ、もうすこし飲もうじゃあないか」 「飲もうったって、てえげえにしろよ」 「どうだい? このへんで、女の子を呼んできて、ペンとか、シャンとかやろうじゃあねえか」 「おうおう、ここはな、料理屋じゃあねえよ。鳶頭の二階だよ。あねさんにむりにたのんだんじゃあねえか。だめだよ。よしなよ」 「よしなよって、おめえ、いやにおれにさからうじゃあねえか。なにいってやんでえ」 「なんだと?」 「なんだととはなんでえ! え、てめえなんぞ、おれにそんなことをいえた義理かい? やい、いやに兄貴ぶるない。第一《でえいち》、ふだんから気に食わねえ」 「なにが気に食わねえ?」 「八年前の暮れから気に食わねえ」 「古いことをいやあがるな。八年前の暮れにどうした?」 「どうした? おめえ、わすれちゃあすむめえ……ぴゅーっという北風といっしょに、おれんとこへとびこんできやあがって、尻切ればんてん一枚で、『兄貴、どうにもあがきがつかねえんだ。なんとかしてくんねえ』って、ひとを兄貴、兄貴ともちゃあげやがって……こっちも、だれがこまるのもおなじことだとおもって、うちへおいてやった。さあ、一夜あけて元日よ。『どうだい、これから獅子を持って客のところをまわるんだが、てめえも手つだわねえか? どうだ、太鼓をたたけるか?』って聞いたら、『法華《ほつけ》の太鼓か、夜番《よばん》の太鼓よりほかにたたけねえ』ってやがる。じょうだんじゃあねえ、初|春《はる》獅子をだすのに、そんな太鼓をたたかれてたまるもんか。『じゃあ、与助《よすけ》(鉦《かね》)はどうだ?』『手がつめたくって持てねえ』ってやがる。『てめえ、なにをやりてえんだ?』『おれ、獅子がかぶりてえ』とぬかしゃあがる。『ふざけたことをぬかすな。獅子をかぶるのは真打ちの役だ。てめえなんぞに、獅子をかぶらせるこたあできねえ』『いや、そんなことをいわねえで、おれにかぶらせてくれ』っていうから、しょうがねえからかぶらしたが、てめえ、さむいもんだから、獅子をかぶったんじゃあねえか。それでも、『こりゃあどうも下町じゃあうすみっともねえから、山の手へいこう』ってえから、番町の旦那のとこへいって、『どうもおめでとうございます』っていったら、旦那が、『ああ、ごくろうさま、やっとくれ』『あいよ』『たのむよ』ってんで、二分、ご祝儀がでた。『おう、二分、ご祝儀いただいたぜ、いせいよくやってくれ』っていうと、てめえ、二分のご祝儀と聞いたんで、目がくらんじまって、ぐるぐるっとまわって、玄関のところでおとなしくあそんでいる坊っちゃんのひたいに、獅子の鼻づらをこつんとぶっつけやがったもんだから、坊っちゃんが、わーっと泣きだしちまった。『坊っちゃん、すいません。獅子が、いま、ちょっとふざけたんです。かんべんしてくださいまし』ってんで、おれが、坊っちゃんのあたまをなでてると、てめえ、『このがきめ、うるせえ』っていやあがって、獅子の口から大きなげんこをだしゃあがって、坊っちゃんをなぐりゃあがった。おらあ、もう、みちゃあいられねえから、てめえを踏みたおして、旦那に詫《わ》びをいって、とびだしちゃった。どうも山の手はいけねえから、下町へいこうってんで、九段までくると、子どもが大勢あとからついてきて、『あれっ、獅子の鼻から煙《けむ》がでる』っていうから、おかしいなと、ひょいとまくってみると、焼きいもを食っていやあがった。それから、日本橋までくると、魚屋の親方がよびこんで、『さあ、いせいよくやってくれ。一両(一両は四分)祝儀をやるから……』っていうと、てめえ、二分でせえ目がくらんだんだ。一両と聞きゃあがって、ぐるぐるっとまわって、どっかへいなくなっちまやあがった……よくさがしたら、穴蔵のふたがとれてんのを知らねえで、てめえ、そんなかへ落っこちてやがる。『野郎はどうでもかまわねえが、獅子は商売《しようべえ》もんだからあげてやれ』ってんで、ようようひきあげた。ところが、獅子の鼻っつらあぶっ欠《け》えちまいやがったもんだから、塗師屋《ぬしや》へやって鼻をつくろった。そんときの割り前を、てめえ、まだだしゃあがらねえ」 「なにをふざけたことをいやあがんでえ。べらぼうめ、世話をしてもいいことがあるからしたんじゃあねえか。ふざけたことをいうない、こんちくしょうめ!!」  そばにあったさしみ皿をとって、ぽーんとほうりつけると、肩んところをかすって、いいあんばいにぶつからなかったが、うしろの柱へぶつかって、皿はめちゃくちゃ、あたまからさしみがぶらさがるというのは、まことにかっこうのよくないもので…… 「さあ、殺すなら殺せ!」 「殺さなくってどうするもんか!」  てんで、ひとりが怒って、二階から駈けおりて台所へいくと、いきなり出刃庖丁を持って、とびあがろうとするところへ、ちょうど鳶頭の姐御《あねご》が帰ってまいりまして、 「まあ、なにをするんだよっ、そんなものを持って、ばかなまねをするんじゃないよ!」 「ねえさん、うっちゃっといてくんねえ。野郎をたたっ斬らなくっちゃあ」 「ちょいと、じょうだんいっちゃあいけないよ。おまえたち、なにしにきたんだい? 仲なおりにきたんだろう? 喧嘩するためにきたんじゃあなかろう? ……おい、だれか、二階からおりてきてとめないかい?」 「さあ、こんちくしょう、殺すんなら殺せ!」 「ああ、殺してやるから……」

     一軒おいたとなりも、これに輪をかけた大さわぎでございます。 「いよう、近藤氏、お帰りか。先刻より、貴公の帰りを待ちうけておった。さあ、お手あわせをねがおう」 「いや、拙者、本日は、つかれておるゆえ、まず明日ということにねがおう」 「いや、これはけしからん。現在、太平の御代だによって、そのようなことをいわるるが、武士たるものが、戦場において、敵から勝負を申しこまれ、いざ一騎打ちというさいに、つかれておるからよせといえようか……いざ、したくめされい!」 「うん、しからば、さっそくお手あわせをいたそう」 「さあさあ、お相手をつかまつろう」 「さあ、こいっ!! お面《めん》だ!!」 「お小手!!」  ドスン、バタン……

    「さあ、殺すなら殺せ!」 「待ってやがれ、こんちくしょう!」

    「お面だ!!」 「お小手!!」  ドスン、ズシーン……

    「旦那、これなんですよ」 「なるほど、こりゃあひどい」 「旦那、越してくださいな……たけや、そこらの棚のものは、みんなおろしておしまい。そらそらっ、お神酒《みき》徳利が落っこってきた……越してくださいよ、ねえ」 「まあまあ、お待ち。越すのはかまわないが、それじゃあ、こっちが負けになっちまうじゃないか……まあ、ちょいとがまんしな。さっきもいった通り、この三軒長屋は、わたしんとこで金を貸して、家質《かじち》にとってあってな、もうすこし経てば、抵当流れになるんだから、そうしたら、たかの知れた鳶頭に剣術つかいだ。いくらかやって、両どなりを追いだしちまうから……まあまあ、もうすこしだから、がまんしなよ」  といって、その日、旦那は帰ってしまいましたが、これを下女が、井戸端へいってしゃべったから、たちまち鳶頭のおかみさんの耳へはいったからたまりません。勝気なひとで、おまけに、ご亭主が、二、三日帰ってきませんから、かんしゃくの虫とやきもちの虫がこんがらかって、もうじりじりしております。そこへ鳶頭がぶらっと帰ってきましたが、いくら自分の家でも、二、三日留守にして、どうもばつがわるいから、おもてから叱言《こごと》をいってはいってまいりました。 「やいやい、奴《やつこ》、おもての掃除をしろい。まるでごみの山じゃあねえか」 「いいよ、いいよ、掃除なんかすることはないよ」 「あれっ、このあま! きたねえから、掃除させるんじゃあねえか」 「いいんだよ、掃除なんざあ……どうせ店《たな》立てを食ってるんだから……」 「なんだ、店立てだ? ……そりゃあしょうがねえじゃあねえか。この家を借りるときに証文がへえってるんだ。『いつ何時《なんどき》でも、ご入用の節は、明け渡します』ってな……家主に用があるなら、店立て食ったってしょうがねえやな」 「その店立てじゃないんだよ」 「なにいってやんでえ。ひとが二、三日あけたからって、へんに気をまわすない!」 「おまえさん! あたしゃあ、やきもちやいて、こんなことをいってるんじゃあないよ。そりゃあ、家主さんからの店立てならしかたがないが、となりの伊勢勘の妾から店立てを食うんだよ」 「そんなわからねえはなしはねえじゃあねえか。なにもあすこから店立てを食うこたあ……」 「食うわけがないところから食ってるから、それで、しゃくにさわるんだよ。こういうわけだからお聞きよ。おまえさんの留守に、若い者が、二階でもって仲なおりさせてくれってえから、貸してやったんだよ。すると、飲んだあげくが、また喧嘩だあね……『さあ殺せ』『殺してやる』ってさわぎさ。楠さんとこじゃあ、このごろ夜稽古まではじまって、『お面だ!』『お小手だ!』ってんで、喧嘩と剣術のあいだにはさまって、となりのあの妾が、血のぼせするとか、気のぼせするとかいやあがって、やかんあたまをたきつけたんだよ。ところが、この地面は、伊勢勘のカジキにはいってるんだとさ」 「なんだい、カジキてえのは? まぐろじゃああるめえし……家質《かじち》だろう?」 「ああ、なんでも、そんなものにとってあるんだってさ。だからさ、抵当流れになったら、両どなりは、たかの知れた鳶頭と剣術つかいだから、いくらかやって店立てを食わして、三軒を一軒にして住むってんだよ。そんなことをいわれて、おまえさん、くやしくないのかい? だまっているのかい? 男がすたるよ!」 「よし、わかった。大きな声をするない……ひきだしから、ちょいと羽織をだしてくれ」 「なんだい?」 「羽織をだせよ」 「しっかりおしよ。ひとのうちへ喧嘩にいくのに、羽織なんぞ着ていくやつがあるもんかね。火事|頭巾《ずきん》に手鉤《てかぎ》でも持ってって、あのやかんあたまをぶち殺しておやりよ」 「べらぼうめ、あんな家の一軒や二軒ぶちこわすのに、したくもなにもいるもんか……いいから羽織をだしねえ」  羽織を着た鳶頭が、となりの家へいくかとおもうと、一軒おいた剣術の先生のところへやってまいりました。  玄関の正面には、槍が一本|長押《なげし》にかけてありまして、両がわに高張提灯《たかはりぢようちん》がならんでおりまして、端《はじ》のところに、「一刀流剣道指南処 楠運平橘正国」という看板がかかっておりまして、門弟が玄関番をしております。 「おたのみ申します」 「どーれ……いずれから?」 「えー、あっしは、一軒おいたとなりの、鳶《とび》の政五郎てえもんですが、先生にちょいとお目にかかりてえんで……」 「ああ、さようか。それにひかえていらっしゃい……ええ、先生、申しあげます。ただいま、隣家の政五郎と申します者が、先生にお目にかかりたいとみえておりますが……」 「うん、さようか。しからば、こちらへ通すがよい」 「ああ政五郎どの、どうぞお通りください」 「ごめんくださいまし……ちっともあがらねえうちに、たいそう道場がりっぱになりましたようで……先生、こんちは」 「よう、これはこれは、政五郎どのか。そこは端近《はしぢ》か、いざまず、これへ、お通りくだされい」 「しからばごめん……と、いいたくなるね。先生のは、なにごとも芝居がかりでござんすね。じゃあ、まあ、ごめんなすって……」 「ささ、ずっと奥へ……あまりずっと通ると、裏手へぬける……なんぞご用がござってか?」 「へえ、じつは、先生に、すこーし内密の相談があってまいりましたんで、おそれいりますが、ご門弟衆をお遠ざけねがいます」 「承知つかまつった……石野地蔵《いしのじぞう》、山坂転太《やまさかころんだ》、政五郎どのが、ご内談があるという。つぎにさがって休息いたせ」 「ははあ――」  芝居がかりでございますが、つぎにさがってといったって、つぎもなんにもありゃあしません。井戸端へいって、ふたりとも日なたぼっこをしております。 「して、どのようなご用件かな?」 「じつはね、となりの伊勢勘のことにつきましてね」 「うーん、なにか伊勢屋勘右衛門のことについて……」 「先生、あんまりお調子がお高いようでござんすが、どうか内々《ないない》で……ええ、先生のところでは、このごろ、お弟子さんがおふえなすって、毎晩、夜稽古がはじまり、あっしのうちでは、若え者が、二階にあつまると、あげくの果ては、いつも喧嘩になってどたばたやりますので、となりの囲い者が、血のぼせがするとか、気のぼせがするとかいって、隠居をあおったもんとみえまして……ところが、ここの地面は、伊勢勘の抵当にはいっていて、もうすこしすると、期限が切れて、抵当流れになる。そうしたら、たかの知れた鳶頭に……先生、怒っちゃいけませんよ……たかの知れた剣術つけえだ。いくらかやって両どなりを追いだしちまって、三軒を一軒にして住もうということを、じじいがいってるそうなんで……」 「う、うーん、あの勘右衛門がさよう申すとな? 無礼者めが!! たとえ借家とは申しながら、武士がかように住まえば城廓《じようかく》でござる。それを店立てとは、城攻めにひとしいな……うん、まず表口《おもてぐち》を大手《おおて》となし、裏口を搦《から》め手といたし、前なるどぶを堀といたし、引き窓を櫓《やぐら》といたしておる。先方が、さようなことを申すのなら、当方にも覚悟がある。いや、加勢《かせい》はいらん、手勢《てぜい》をもって一戦におよばん……やあやあ、石野地蔵、山坂転太、ただちに火薬をもって、勘右衛門かたへ地雷火をしかけ……」 「まあまあ、ちょいと待っておくんなせえ。先生のいうことは、どうも大げさでいけねえや。地雷火なんざあいけませんよ。なあに、となりの家なんぞ、うちの若えやつらにひょいと合図《あいず》すりゃあ、たばこ二、三服のうちにひっくりけえすなあ、わけえありませんがねえ、まあ、ご時節がら、そういうこたあ、どうもいけねえし……そこで、ひとつ、じじいの鼻をあかしてやろうとおもうんでござんすが、ひとりじゃあおもしろくねえから、先生のところへご相談にうかがったようなことなんでござんして……すいませんが、先生、ちょっと耳を貸しておくんなせえ」 「ああ、いずれへなりと持ってまいられい」 「いいえ、べつに持っていきゃあしませんがね、もっと、こっちへ寄ってくださいな。じつはね……」 「うんうん、計略は密《みつ》なるをもってよしとす……なるほど、うん、さようであるか」 「わかりましたか?」 「わからん」 「じょうだんいっちゃあいけません。わからねえで返事してちゃあこまります」 「いや、これはとんでもないことをいたした。拙者、壮年のみぎり、武者修行をいたし、日光の山中において天狗と試合をいたし、その折り、木太刀にて横面を打たれ、それ以来、左の耳が聞こえぬように相成ってござる」 「聞こえねえほうをだすこたあねえでしょう?」 「しかし、ひとにものを貸すには、まず不用のほうより貸すが得策《とくさく》……」 「じょうだんいっちゃあいけません……そっちならば聞こえますか?」 「こちらならば、聞こえ申す」 「じゃあ、前を通りますよ。ちょいとごめんなせえ……じつはね、先生、こういうことにしてえとおもいますんで……ねえ……ようござんすか? ……」 「ふんふん、ふーん、なるほど……ふん、これはおもしろい。うん、心得た。さっそくとりかかろう」  と、なにをふたりで相談いたしましたものかわかりませんが、その日は、そのままわかれまして、翌日になると、楠運平先生、黒もめんの紋つきに、小倉の帯をしめ、その上へ団《だん》小倉の袴をはいて、鉄扇を持って、となりの伊勢勘の妾の家へやってまいりました。 「たのもう! おたのみ申す!」 「だれかでてみろ。おもてで大きな声がしているが……」 「はい、はあ、さようでございますか。ちょっとお待ちくださいまし……あのう、旦那、おとなりの先生が……」 「ああ、そうかい。こちらへお通しして……さあさあ、どうぞおはいりくださいまして……」 「ごめんくだされ。まずはじめてお目にかかる。貴殿《きでん》がご主人勘右衛門どのでござるか。拙者は、隣家に住居いたす楠運平橘正国と申す武骨者、以後、お見知りおかれて、ご別懇におねがい申す」 「これは申しおくれました。どうぞお手をおあげくださいまし。てまえは、勘右衛門と申しますまことに不調法《ぶちようほう》者、どうかお見知りおきをねがいます。じつは、ご近所に、こうやって女ばかりおりますが、お宅さまがおとなりで、大きに安心をいたしております。以後どうぞお心やすくねがいます」 「いや、これはおそれいる。いや、もうおかまいくださるな。さて、ご主人、早朝から参上いたして、はなはだなんでござるが、せっかくおなじみとなりながら、どうも道場が手ぜまに相成ったゆえ、急に転宅いたさなければならんので、じつは、おいとま乞いかたがた、今朝《こんちよう》あがりました」 「それはそれは……せっかくおなじみ申しましたものを……まことにお名ごりおしいことで……」 「ついては、はなはだ恥じいった儀でござるが、転宅の費用にさしつかえ、門人どもと相談の上、千本試合をいたし、そのあがり高をもって転宅費用にあてることにいたした。しかし、どこか場所を借りるといたしても金が必要ゆえ、拙者の道場においてもよおすことにいたしました」 「へーえ、千本試合と申しますと?」 「いや、これはな、他流、他門のあまたの剣客がまいって試合をいたすのでござるが、そのときに、なにがしかを、みんな持ってまいる。その金をあつめて転宅をいたすのでござる。本来は、竹刀《しない》試合ではあるが、なかには真剣勝負になるものもござる。ほかの稽古とちがって、ずいぶん意趣遺恨《いしゆいこん》のあるものがないともかぎらん。もっとも、てまえとても、十分に注意はいたしておるものの、なにを申すにも多勢のこと、なかには斬りあいをはじめ、首のふたつやみっつ、腕の五本や六本は、お宅のかたへころげこみ、あるいは、血だらけの者が、お宅の垣根をやぶってとびこんでくるかも知れません」 「まあまあ、ちょっとお待ちねがいます。いえ、そういうことは……あなたがたは、なんともおもわないかも知れませんが、わたしどもは、はなしを聞いただけで身がすくんでしまいます。まして、ここは、女ばかりでございますから、その千本試合ということをおやめいただくということにはいきますまいか?」 「いや、拙者とても、転宅費用をつくりだすために、やむをえずいたすのでな……」 「先生、まことに失礼ではございますが、そのお金というのは、よほどお入用《にゆうよう》でございますか?」 「いや、まず五十両もあればよかろうと存ずるが……」 「へーえ、五十両でございますか? ……ええ、かようなことを申しましては、お腹も立つでございましょうが……こうして、おとなりにおりますのもふしぎなご縁で……てまえは、せがれに世をゆずって隠居をしておりますので、たいしたことはできませんが、その五十両、てまえにださせていただくというわけにはまいりませんでしょうか?」 「いや、せっかくだが、おことわりいたそう。拝借いたしても、返却《へんきやく》のあてもござらぬゆえ……」 「いいえ、そんなことはどうぞご心配なく……てまえのほうからださせていただきたいとおねがい申しあげるのでございますから、ご都合《つごう》がおつきになればご返済《へんさい》いただくとして……いいえ、失礼ではございますが、ご返済になられんければ、ご返済くださらなくてもよろしいので……いかがでございましょうか?」 「さようか。せっかくご主人がそうおっしゃるのを、拝借いたさんのもおこころざしを無にするというものじゃな。拙者とても人命にかかわることゆえ、千本試合もいたしたくないのだ。しからば、金子は、拝借いたそう」 「さようでございますか。では、おい、その手文庫を持ってきな……へい、先生、ここに五十両ございます。どうぞ、おあらための上、おうけとりをねがいます」 「これはかたじけない。しからば借用いたそう」 「それで、いったい、いつお越しになります?」 「ああ、明日早々に転宅いたすゆえ、もうおいとま乞《ご》いにはあがりません。転宅の上は、お知らせ申す。しからば、ごめんくだされ」 「ごめんくださいまし……ああ、びっくりした。あのいきおいだから、やりかねないよ。まあ、五十両ですめば、やすいもんだな。これで、片っぽの剣術つかいはかたづいたと……え? なに? 鳶頭がきた? ああ、そうかい……こっちへおあがり」 「へえ、ごめんくださいまし」 「さあ、かまわずはいっとくれ」 「どうも、旦那、ごぶさたしてすいません」 「いやあ、ごぶさたはおたがいだが……どうもまあ、女ばかりでこうやっておくから、おまえのところがとなりにあるので、じつに安心しているんだ」 「どういたしまして、お役にも立ちませんで……つきましては、旦那、せっかくおとなりになって、なんでござんすが……じつは、きょう、おいとま乞いにあがりました」 「おやおや、どっかへいくのかい?」 「へえ、こんど大仕事をうけあいまして、うちへたくさんの職人をいれなければなりませんので、どうも手ぜまで都合がわるうございますので、引っ越そうとおもいますんで……」 「ほう、そうかい。そりゃあ、まことにお名ごりおしいが、しかし、商売の都合で越すなら結構だ」 「ついちゃあ、やすく越せねえもんで、その銭《ぜに》をつくらなくっちゃあならねえんでね。花会《はなかい》(祝儀をあつめる目的の宴会)をやってみようとおもいますんで……」 「ああ、そりゃあ結構だ。おまえの顔だから、ずいぶんたくさんあつまるだろう」 「へえ、なにしろ江戸の鳶の者四十八組でございます。その組合の者が、つきあいで大勢きてくれます。つきあいできてくれるんですから、ただはおかれません。けれども、いちいちお燗なんぞをして酒をだすのはめんどうくせえから、座敷のまんなかへ、こもっかぶりの鏡(酒樽のふた)をぬいて、ひしゃくをつけといて、酒をがぶがぶ飲んでもらって、魚河岸《かし》から、まぐろを五、六本持ってきて、出刃庖丁とさしみ庖丁をおいといて、自分で勝手にこしらえて、めいめいで食うってえようなことにしてえと、こうおもうんでござんすが……ところが、なにしろ気の荒れえやつらばかりでございますから、酒に酔ったいきおいでどんな喧嘩にならねえともかぎりません。そうなれば、そこらにゃあ、出刃庖丁がある、さしみ庖丁がある……おあつらえむきってえやつだ。てんでにそれを持って斬りあいをはじめりゃあ、首の二十や三十、胴なかから、手や足の血だらけになったのが、こちらさまのお座敷へとんでこねえともかぎりません。まあ、ごめいわくでもございましょうが、三日のあいだは戸じまりをして、そとへでないようにしていただきてえとおもいまして、おことわりかたがたあがりましたんで……」 「うん、そりゃあ結構だ。おやんなさい……おいおい、鳶頭、おやんなさい。あたしゃあ、そういうことは好きだ。いせいがいいから、さんざんおやり……しかしねえ、そんなことをいうより、『引っ越しができませんので、旦那、引っ越し料をなんとかしてください』と、なぜいってくれないんだ? そういってくれりゃあ、なんとかしてあげるんだが……まあ、それはそれとして、いったい、いくらありゃあ、引っ越せるんだ?」 「へえ、五十両ありゃあ、どうにかなりますんで……」 「五十両? そうかい、じゃあ、その五十両はだしてあげるからね、そんなおそろしい花会なんぞやめておくれ……おい、手文庫を持っておいで……さあ、ここに五十両あるから、これを持って、引っ越しとくれ」 「どうも旦那、すみませんねえ。なんだか、もらいにきたようで……」 「もらいにきたんじゃあないか」 「へえ、ありがとうございます。金さえありゃあ、いつでも越せますから、あしたの朝早く引っ越します。もうおいとま乞いにはあがりません。いずれ引っ越してからうかがいます」 「ああ、いいよ。そんなことは気にしなくても……」 「じゃあ、旦那、ごめんなさい」 「おいおい、鳶頭、ちょいとお待ち」 「へえ」 「いまねえ、となりの楠の先生もおなじようなことをいって五十両持っていったが、いったい、おまえの越すさきはどこだい?」 「へえ、あっしが先生のところへ越して、先生があっしのところへ越してまいります」

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  • hi-majine
    04.11.2020 - 6 monts ago

    お神酒徳利(みきどつくり)

    「こんちはあ、八百屋でござい。なにかいかがさまで?」 「いらないよ」 「そんなことをおっしゃらないで、ねえ……前の女中さんのときには、よく買っていただいたんですがね」 「前の女中は前の女中、わたしはわたしだよ。いらないったらいらないよ……いま、手がふさがってるよ」 「ちえっ、乞食じゃあありませんよ」 「まごまごしてると水をぶっかけるから……」 「ひとを犬とまちげえてやがら……」 「はーい、それごらん、旦那がお呼びじゃあないか。おまえなんぞにかまっちゃあいられないよ。あとをちゃんとしめて早くお帰り」  邪慳《じやけん》なことをいいながら、女中は奥へはいってしまいましたが、癪《しやく》にさわったのは八百屋で、 「なんだ、いまいましいやつだな。ここの家の旦那か、おかみさんの身内《みうち》かなにか知らねえが、ひとをばかにしゃあがって、いめえましいやつだ」  なにか仕返しをしてやろうと、そっと台所をのぞいてみますと、神棚へそなえる錫《すず》のお神酒徳利が、一対《いつつい》洗って、小桶のなかへさかさにして水を切ってあります。 「うん、こりゃあいいものがあるぞ。ここのうちの旦那はかつぎやで評判だ。なにしろものを気にする性質《たち》だから、あれをかくして、女中をしくじらしてやろう」  むかしの町家《ちようか》のことで、大きな水瓶《みずがめ》があります。そのふたをすこしずらして、お神酒徳利の片っぽうをとると、ゴボゴボゴボと沈《しず》めてしまいました。さて、どんなことになるだろうと、八百屋は耳をすまして聞いております。  女中が奥からもどってみると、さっきまであったお神酒徳利の片方がありませんから、おどろいて顔色を変え、そここことさがしてみましたが、どうしてもみあたりません。 「はいはい、ただいま持ってまいります……それにしてもふしぎだよ。ここへ水を切っておいたのが、片っぽうだけなくなっちまったんだから……」 「おいおい、なにをいってるんだ。お神酒徳利が片っぽうなくなったなんて、縁起でもないじゃあないか。よくさがしてみろ」 「でもたしかにここへおいたのがないんです。ねずみでもひいたんでしょうか?」 「ばかっ、お神酒徳利をねずみがひくかっ」 「ねずみがひくかったって、ないものはございません。なにもわたしが食べてしまったわけじゃないんですから……」 「だれがおまえが食ったといった? ええ、へらず口をきくなっ」  かげで聞いていた八百屋は手を打って、 「ほーらなぐられやがった。おもしろい、おもしろい。旦那がまっ赤になって怒ってらあ。こりゃあ怒るよ。かつぎやの家で、神さまのものがなくなったんだから……おや、またなぐられた。とうとう泣きだしやがったな。こりゃあすこしくすりが強すぎたかな? もうこのくらいでいいだろう」  がらりと障子をあけてそこへとびこみ、 「まあまあ旦那さま、ちょっとお待ちください。ちょっと……」  と、旦那をなだめて、知らない顔で、 「旦那さま、これはまあ、いったいどうしたというわけなんでございます?」 「おや八百屋さんか。いや、とんだはしたないところをおみせしてきまりがわるいが……まあ聞いておくれよ、こうなんだよ。きょうは、おついたちだからお神酒をあげようとおもっていると、これが、お神酒徳利の片っぽうをどこかへなくしたというじゃあないか。縁起でもないから叱言《こごと》をいえば、ああでもない、こうでもないと一々|口返答《くちへんとう》をするので、わたしもおもわず手荒なまねをしてしまったというわけなんだ」 「なるほど、それは旦那さまがお気におかけになるのもごもっともでございます。しかし、わたしのかんがえますには、これは泥棒にとられたんじゃあありませんな。だってそうでございましょう、もしも泥棒ならば、片っぽうでなくて、一対持っていくはずじゃあございませんか」 「そういえばそうだな」 「ねえ、旦那、ちょっと、そろばんを貸してくださいませんか? わたしが、ひとつその徳利の在《あ》り所《か》をうらなってさしあげますから……」 「ほう、そろばんうらないというやつだな……しかし、おまえさん、八百屋のほかにそんな芸があるのかい?」 「へえ、わたしの履歴《りれき》というのもおかしなものでございますが、いまはこうやって八百屋をしておりますが、もとは易者《えきしや》なんで……」 「ほう、もとは易者かい。失礼ながらなぜそれをおやめなすったね?」 「どうもあれはいやな商売でございまして……ちょっと紛失物《ふんじつもの》をみてくれろといってくる。すると、それがすっかりあたるんでございます」 「それで?」 「ええ、ぬすんだものなら、だれがぬすんだ。ただなくなったものなら、どういうところにあるということでもあたりますし、どこから泥棒がはいったということまでもあたりますが、そうすると、そこへ罪人《つみびと》をださなけりゃあならないというのが、まことにどうも罪な商売でいやでございますから、いっそ気楽な商売がいいとおもって、ただいまでは八百屋をしております。しかし、いまでも、そろばん一挺《いつちよう》あればなんでもわかりますんで……」 「へーえ、わからないもんだねえ。おまえさんがそういうことができるとは、失礼ながらおもってもみなかった。どうもおそれいったもんだ。どうだろう? そのお神酒徳利の在《あ》り所《か》さえわかれば、家から咎人《とがにん》はだしたくない。ただその品さえでてくればいいんだが、さあさあ、そろばんを持ってきたから、さっそくやってみておくれ」 「よろしゅうございます……ええ、きょうは、おついたちでございますから、ここに一をおきます。それで、女中さんの年齢《とし》は? へえへえ二十歳《はたち》ですか。それでは、二十をこうおいて、二一天作《にいちてんさく》の五《ご》となりますな」 「ふーん、そろばんうらないというものは、逆に減《へ》らすのかね?」 「さようで……なにしろ紛失物でございますから、すなわち、これを減らしますので……ははあ、これはなんですな、土に縁があって、水に縁があって、木に縁がありますな……たしかに人手にはわたっておりません」 「そうですか。土と水と木に縁があるといえば、こりゃあどぶかなんぞでしょうか?」 「どぶ? うん、どぶねえ……そうそう、どぶかも知れません」 「それじゃあ、おい、おたけや、早くどぶのなかをさがしてみなさい。これこれ、火箸《ひばし》なんぞでさがしていたんじゃあわかりっこない。手をつっこんでかきまわしなさい……どうしたい? え? なに? みつからない? ……八百屋さん、ないそうだよ」 「これは、なくした当人のおこないがわるいと、なかなかでてこないものですから、水でも浴びて身を清めなくてはなりますまい」 「いや、大きにそうでしょう。おい、おたけ、おまえ、水を浴びろ、水を浴びろ。はだかになって、ざあざあ浴びろ」  女中は、どぶをかきまわしたり、水を浴びたり、もうさんざんでございます。  八百屋も、もうこのへんでよかろうとおもいましたから、 「おお、わかりました、わかりました。旦那さま、これは、水瓶に相違ありません。土でつくって水をいれ、木でふたがしてございますから……」 「なるほど、水瓶か……よしよし、わたしがみよう……おお、あった、あった。うーん、こりゃあおそれいった」 「へえ、たしかにそろばんの表《おもて》にでた通りでございます。いかがです、旦那?」 「いや、じつにおどろいたものだ。まあ、こっちへおあがり。おい、おまえ、八百屋さんにお茶をいれて持っておいで……さあ、八百屋さん、わらじをぬいでおあがりよ」 「へえ、ありがとうございますが、まだ商売をひかえておりますから……」 「そんなことをいわずにおあがりよ。じつは、おまえさんに、もうすこし大きいことでたのみたいことがあるんだから……」 「しかし、まだ商売にでたばかりでございまして、品物がたくさんのこっておりますんで……」 「そのほうは心配しなさんな。おまえの品物ぐらいのこらず買ってあげてもいいんだから、わたしのいうことを聞いておくれ」 「へえ、どんなことで?」 「うん、ほかでもないが、東海道の三島にいるわたしの弟が、こんど田地田畑を売り払って江戸へでてきて、なにか適当な商売をやりたいというので相談を持ちこんできたんだ。その否応《いなや》の分別がわたしにもつかないので、二、三の易者にみてもらったところが、いいというひともあれば、わるいというひともあって、どうにも見当がつかないでこまっていたところへ、いまのおまえさんのそろばんうらないのたしかな腕前をみたので、これは、おまえさんにうらなってもらえば、はっきりわかることと信じます。そこで、ぜひともパチパチとねがいたいというわけですがね」 「いや、旦那、なにしろ本業の商売をひかえておりますんで……」 「だからさ、さっきもいう通り、おまえさんの品物はみんな買ってあげるからいいじゃあないか」 「ええ、ありがとうございますが、こんな稼業《かぎよう》でも、お得意さきでは、もうくるだろうと、ほかの八百屋で買わずに待っていてくださるんでございますから、そういうかたへ対してお気の毒さまでございますから……」 「それはいいじゃあないか。病《や》みわずらいということもある。そういうときに、いく日も野菜を買わずにいる家はない。ほかに八百屋はいくらでもある。これは大事なことなんだから、ぜひひとつやっておくれ。そろばんが一挺でたりなければ、何挺でもあるから……」 「せっかくでございますが、なにしろ、やたらにはうらないをやらないことにしておりますんで……それに、三島なんて遠いところのことを、ここでうらなうことはできません。遠方のことというものは、とかくうまくいきませんので……」 「そうかい。そりゃあこまったな……よし、こうしよう。三島までおまえさんにいってもらって、弟のところで占《み》てもらおう。旅費はもとより、お留守中のまかないからお礼いっさい、すべてわたしがひきうけるから……」 「へえ、わたしは旅はだめなんで……」 「駕籠《かご》か馬でいけば、わけはないじゃあないか」 「ええ、その駕籠だの馬だのってえものが、どうもきらいなんで……」 「船はどうだ?」 「やっぱりいけません」 「じゃあ、ぶらぶらあるいていっておくれ」 「それがまた、足が弱いときていますんで……」 「だって、毎日こうして売りにあるいてるじゃあないか」 「へえ、それがおかしなもので、荷をかつぐとあるけますが、空身《からみ》ではあるけないんで……」 「それなら荷をかついでいっておくれ」 「ではございますが……」 「まあ無理にでもいっておくれよ」 「わたしは、なに、いってもよろしゅうございますが、家内まことに多人数でございまして、七歳《ななつ》をかしらに子どもが十三人、両親が五人、そのほかに奉公人が数知れずときておりますんで……ごめんなさいっ、さようならっ」  と、みこまれてめんくらった八百屋は、わけのわからないことをいって逃げだしました。 「おーい、おーい、八百屋さん!! ……なんだい、ばかげたことをいって逃げていっちまった。おい、小僧や、おまえ、あの八百屋さんの家を知ってるかい? なに、知ってる? そりゃあよかった。じゃあ案内しておくれ」  と、旦那は、小僧の案内で八百屋の家へむかいます。  こちらは八百屋で、どんどんどんどん夢中で駈《か》けもどってまいりましたが、家へとびこむやいなや、 「おい、おっかあ、早くあとをしめてくれ、早く……」 「なんだねえ、このひとは……また喧嘩《けんか》でもしてきたのかい?」 「なんでもいいから、あとをしめて心張《しんば》り棒をかってくれ。とにかく、あとから追いかけてくるやつがあるんだ。おれは戸棚へかくれるから、だれがきてもいねえといってくれっ」  と、戸棚のなかへわらじばきのままではいってしまいました。  女房のほうは、なにがなんだかさっぱりわからず、ただあきれておりますところへやってきましたのが例の旦那で、 「はい、ごめんよ」 「いらっしゃいまし……どちらさまで?」 「わたしは、お宅のご亭主が商《あきな》いにきなさる大黒屋の主人《あるじ》だが……」 「まあまあ、さようでございますか。いつもお世話になりまして……さあ、どうぞ、きたないところでございますが、おかけくださいまして……」 「ああ、ありがとう……しかし、失礼なことをいうようだが、おまえさんの家は、たいへん多人数だということだが、だいぶせまいようだね」 「いーえ、わたくしどもは夫婦かけむかいで……」 「そうかい。まあ、そんなことはどうでもいいんだが、お宅のご亭主というものは、たいそうなそろばんうらないの名人だということを、きょうはじめて知っておどろいてしまってな」 「まあ、うちの人が、そろばんうらないの名人?」 「おや、おかみさんもご存知ない? ふーん、もののできるひとというものは、とかくそういうものだ。ああ、おそれいった。あれだけの腕を持ちながら、おかみさんにもかくしているというのは、なんともはや奥床しいなあ。どうもみあげたものだ。じつは、三島までうらないにいってもらうについて、その手当てもしようと、こういうことでな、どうかまあ、おかみさんからもよくすすめておくれ。さしあたってここへ金を十両持ってきた。これで留守のところをどうか……」 「えっ、十両も……まあ、ありがとうございます。十両|盗《ぬす》めば首がとぶなんてえことをよく申しますが、そんな大金をくださいますんで……ええ、よろしゅうございますとも、良人《やど》がなんと申しましょうとも、わたしがおうけあい申します」  というのを、八百屋が、戸棚のなかで聞いたからたまりません。 「おうおう、ばかなことをひけうけなさんな」  と、あわてて、わらじのままではいだしました。 「いや、八百屋さん……ではない、先生、どうかそういわずにぜひいっしょにいってください」 「ねえ、おまえさん、旦那もああおっしゃるんだからさあ、いっておいでよ」 「だまってろ……旦那、じつはね、どうもこまったことがあるんで……」 「なにが?」 「ええ、すこし……その……ぐあいがわるいんで……毎年、いま時分になると脚気《かつけ》がでるんで……」 「そりゃあいけないな。しかし、まあ、毎日のんびりと一里ずつもあるいて、気まかせにぶらぶらいくようにしたら、結局脚気のためにもいいだろう。なあに、これがいつまでにいかなければならないという旅でもない。わたしだって、どうせ店は番頭にまかせてあるのんきな身の上、おまえさんの留守中、家のほうは、店の者に気をつけさせるから、どうかいっておくれ。じゃあ、おかみさん、ご亭主をお借り申していくよ」 「はいはい、どうかおつれなすってくださいまし。いえ、もう、一年が二年でも……」 「おいおい、よけいなことをいうな」 「あははは、そう長くもかかるまいが、まあ、おかみさん、店の者へはそういっておくから、もしもお金にでもさしつかえたらとりにいっておくれ。さあさあ先生、おかみさんも承知したから、どうかいっておくれ」 「へえ、それが、こういう稼業をしておりますと、ふだん用がないもんですから、さて、どこへいくといっても、着ていくものがないようなしまつなんで……」 「いや、そのご心配にはおよばない。そういうこともあるかとおもって、じつは用意をしてきた……小僧や、そのつつみをこっちへだしな。さあ、これを着ていっておくれ」  と、またくどくどとたのまれ、そばから女房も攻めたてるというわけで、とうとう奴《やつこ》さん、逃げるにも逃げられず、むこうへいったらなんとかごまかして、いざとなったら逃げてしまおうと覚悟をきめ、 「では、いっしょにまいりましょう」  ということになって、旦那につれられて出発しましたが、なにしろ八百屋は気のない旅ですから、二里あるいては泊まり、三里あるいては泊まるというようなぐあいで、およそ十日ばかりも日数をかさねて、やっと小田原へ着き、その晩は、一ぱいやって、八百屋先生は鼻からちょうちんをだしてぐうぐうと寝てしまい、大黒屋の主人《あるじ》もこれから寝ようとするとき、ただいまの十時、むかしの四つというころになって、なんだか家のなかがさわがしいとおもっておりますと、宿の主人と番頭がやってまいりまして、 「へえ、ごめんくださいまし」 「はい」 「おやすみのところをおそれいります。まことに申しあげにくいことでございますが、てまえどもでなくなりものがございまして……」 「なるほど、それはご心配のことで。して、なにが?」 「はい、お金が百両紛失いたしました」 「ほう」 「じつは、今晩はとりわけこみあいまして、夕飯もたいへんにおそくなったのでございますが、そのあいだ、番頭がちょっと帳場をあけましたところ、用箪笥《ようだんす》にいれておきました百両がなくなりました。店はもう早くしめましたし、そとのしまりもあらためましたが、べつにそとから賊のはいったようすもございません。そこで念のために、奉公人の部屋から持ちものまですっかりしらべましたが、かげもかたちもございません。この上は、お客さまにおうかがいするよりほかにしようがないということになりましたので、ごめいわくではございましょうが、これから順にお客さまのお手荷物を……どうも、はなはだ失礼な儀でございますが、なんとか拝見させていただきたいので……」 「なるほど、それはなんにしてもたいへんなことだが、まあ、ご主人お待ちなさい。わたしどもはじめ泊まり客一同、しらべてもらうほうが心持ちはいいようなものの、また、めいわくでもある。そこで……じつはな、ここに寝ているわたしのつれだが、このひとが、そろばんうらないの名人でね、そろばん一挺あれば、どんなことでもかならずあてる。ことに紛失物《うせもの》などは、たちどころにわかるのだ。わたしも、それがために、費用をかけて江戸からつれてきたのだが、ちょうど泊まりあわせたのは、この場のさいわいだ。この先生にたのんで、ひとつうらなってもらったらどうですね?」 「そうでございますか。それはありがたいことでございます。ぜひおねがい申したいもので……」 「ああよろしい。いま起こすから……おいおい八百屋……じゃあない、先生、先生」 「うーん、むにゃむにゃ……」 「なにがむにゃむにゃだ……先生、しっかり目をさましておくれ。ここにいなさるのは、当家のご主人と番頭さんだが、今晩、百両という大金が、帳場で紛失したというさわぎなのだ」 「へーえ、そうかい……あーあ……そんなことは、おれの知ったことじゃあない」 「あれっ、また寝ちまう……寝ちゃあこまるよ。ほかならぬ場合だ。おまえさんが、ひとつそろばんうらないをやっておくれ」 「そろばんうらない? ……あっ、そ、それはいけねえ。おれは、旦那の弟さんの一件だけをうらなうためにでてきたんだから、ほかのことはひきうけられねえ……ああ、ねむい、ねむい」 「ええ、てまえ、当家の主人でございます。おねむいところをあいすみませんが、お客さまがたにごめいわくをかけなければならぬ場合、先生のうらないひとつでわかりますれば、この上もないことでございます」 「主人ともどもおねがい申します」 「さあさあ先生、ご主人も番頭さんもああいってるんだ。骨惜《ほねお》しみをせずにやってあげなさいよ」  八百屋先生、三方から攻められて大弱りに弱りましたが、どうせあしたあたりは逃げようとおもっていたところだから、これを機会《しお》にうまく消えようとかんがえまして、 「しかたがないからやってあげるが、どこかはなれた座敷はないかね? よくうらなうには、ひとのこない、しずかなところがいいんだが……」 「それでは、はなれの二階へご案内いたしましょう」 「それは結構だが、そのはなれは、どっちのほうだね?」 「裏のほうで、低い塀《へい》がございまして、塀のそとが畑になって、そのむこうが街道の並木で……」 「うん、それは結構だ」 「では、そこへご案内申しましょう。それで、なにかおしたくがございましょうか?」 「ああ、いろいろとあるな。金高が百両となると、まず、そろばんが二挺いる。それから、おそなえものに、にぎりめしの大きいのを五つ、あかりは、ろうそくがいい。ろうそくをちょうちんに立てるようにしてな、あとは、わらじが二足に、菅笠《すげがさ》がひとつ……それからと、お賽銭《さいせん》を二、三両、これは財布に入れて……まあ、したくはそんなものだ。おっとっと、待っておくれ。まだある、はしごがいるよ。三間《さんげん》ばしごがいるんだ」 「へーえ、ずいぶんかわったおしたくでございますな」 「ああ、なにしろ紛失の百両をうらなおうというのだから、なみたいていのことではない」 「へえへえ、おそれいりました。では、さっそくしたくをいたします」  やがて、いう通りのしたくができあがり、八百屋先生、そのはなれに案内をされました。 「ことわっておくが、おれが、ポンポンと手をたたくまでは、だれもきてはいけないよ。そっとのぞき見をしてもだめになるからな」  と、うまく人の出入りを禁じておいて、そろえた品物で、ゆうゆうと逃げじたくにかかりましたが、すこしはそろばんの音をさせなくてはまずいとおもいましたので、パチパチパチ、ガチャガチャとならしておりますと、とつぜん、はしごをミシミシとのぼってきた者がございます。 「先生さま、先生さま、おねげえでごぜえます、おねげえでごぜえます」 「えっ、だれだい?」 「へえ、金を盗みましたのは、てまえでごぜえます」 「なに、おまえが盗んだ? ……よし、こっちへはいれ」 「はい、ごめんくだせえまし」 「なんだって百両なんて大金を盗んだ? ……一体《いつてえ》てめえはなに者だ?」 「へえ、ここな宿の女中でごぜえます」 「ははあ、さてはなんだな、情夫《おとこ》にでもやるつもりだな」 「いいえ、そうではごぜえません。きょう、わしらがとっつぁまがめえりまして、かかさまが病気しているだが、くすりを買う金もねえと申しますので、ご主人さまにお給金を前貸ししてくだせえとたのみやしたが、どうしても貸してくだせえません。とっつぁまあ涙をこぼして帰りましただが、そのうしろすがたが目につきまして、なんとかして金えとどけてえとおもっておりますと、ちょうど帳場へ金がへえりましたのをみましたで、わりいことだとはおもいましたが、つい、その、できごころで盗みましたでごぜえます、はい」 「で、その金はどうした?」 「稲荷さまの縁の下にかくしておいたでごぜえますが、いま、ご主人さまのおっしゃるには、そろばんうらないのえれえ先生さまにねがってあるだから、盗んだ者がすぐにわかるということでごぜえますから、わし、はあ、おそろしくなって、先生さまにおねげえにでたでごぜえますだ。どうかお助けなすってくだせえまし」 「いや、そうか……うん、そうにちがいない。おまえのいった通りのことが、このそろばんの珠の数にでている。じつは、いま、すっかりわかったので、主人を呼ぼうとおもっていたところだ。おまえはいくつだ? なに、十九か……そうだろう、ここに十九とでている。名前はなんという? なに、梅? ……梅か、さっきから、この五とでているのがわからなかったが、梅は梅鉢《うめばち》、つまり梅の花びらは五つだ……それで、その稲荷はなんというのだ?」 「白旗《しらはた》稲荷と申します」 「このごろ、当家では、その稲荷の祭祀《まつり》をしたか? なに、二、三年このかたやらねえ? ……よしよし……うん、もういい。心配するな。親を救うためのできごころでやったことだ。おまえのめいわくにならないようにはからってやるから、ここへきたことを、決してだれにもいうなよ。それから、おふくろのくすり代ぐらいは、主人から都合《つごう》してもらえるようにはからってやるから、ひとに気《け》どられないように、そっと帰って寝てしまえ」 「へえ、ありがとうごぜえます。そんだら、はあ、どうかおねげえ申します」 「心配せずに早くいって寝ろ、寝ろ」  女中がほっとしてでていくのを見送った八百屋先生、よろこんだのなんのってたいへんなもので…… 「こいつぁおもしろいことになってきたぞ。こうなりゃあ、なにもいますぐ逃げるにもおよぶめえ」  と、さっそくポンポンと手をたたきました。 「へえへえ、先生さま、お呼びでごぜえますか?」 「おお、ご主人か。こっちへおはいり。えへん、すっかりわかったよ」 「えっ、おわかりになりましたか? やっぱり泥棒のしわざで?」 「さよう、泥棒が持ちだしたにはちがいないが、いまのところ、人手にはわたっていないから安心をしなさい……ときに、妙なことを聞くようだが、当家に、ことし十九になる梅という女中がいるかな?」 「へえ、おりますでございます……そんなことまでわかりますんで?」 「ちゃーんとそろばんにでているのだ。それから、当家では、庭の白旗稲荷の祭祀《まつり》を二、三年|怠《おこた》っているだろう? どうだ?」 「さ、さようでございますが、ついとりまぎれまして……」 「それそれ、それだ。それがたいへんに白旗稲荷のお怒りに触れているのだ……それから、たしか、きょうあたり女中梅の父が、給金の前借《ぜんしやく》にまいったろうが……しかるに、おまえは貸してやらなかったろう?」 「これはおどろきましたな。どうしてそういうことまでおわかりになるので?」 「ちゃーんとそろばんにでている。それについてもお稲荷さまがご立腹だ。どうもおまえのところは、奉公人のとりあつかいもよくないが、第一、客に食わせるものがわるいぞ」 「さようなことまでもお稲荷さまが?」 「みんなよくわかってる」 「へえ、おそれいりました」 「なにしろお稲荷さまがご立腹だ。あすは、さっそくお梅に給金の前貸しをした上、母親の病気見舞いにいくらか持たして、梅を当分看病にやるがよい。そうすれば、お稲荷さまもごきげんをなおされるぞ。いいか、心得たか?」 「へいへい、万事心得ましてございます」 「うん、その通りにいたすとあれば告げるが、百両の金は、白旗稲荷の縁の下にかくしてあるからいってみろ」 「ありがとう存じます。さっそくみてまいります」  亭主がおどろいて稲荷さまの縁の下へいってみますと、もともとかくしてあったのですから、つつんだままそっくりでてまいりました。 「ございました。ございました。おかげさまでこの金がもどりました。じつに、じつに、先生さまは、たいへんなご名人でいらっしゃいます……そうそう、お梅もさっそく母親の見舞いにやりましょう」  と、にわかにようすが変って、夜のあけるのを待って、お梅に前貸しをして、おふくろのところへ見舞いの金を持たせるなどしてだしてやりました。  宿屋の主人は大よろこびで、大黒屋の主人と八百屋が出発しようといたしますと、 「先生さま、旦那さま、どうかもう一日ご逗留《とうりゆう》ねがいます。お礼のしるしに、なにもろくなものはできませんが、おもてなしをいたしとうございますから……」  と、無理やりにとめて下へもおかないもてなし。八百屋先生は、もとよりぐずぐずしているうちに、すきがあれば逃げようというかんがえですから、その日も遠慮なく飲み食いをしたあげくに、ゆうべうらないをしたはなれが、たいへんしずかで気にいったといって、そこへいって寝てしまいました。 「おやおや、なんだい? 店さきへごたごたと村かたの衆がみえたが……なんですね、おまえさんたちは?」 「旦那、こっちに、はあ、えれえうらないの先生さまが泊まっていなさるってえことだが、三年前に、銭持って紛失したせがれの在《あ》り所《か》をちょっくらうらなってもらいてえでごぜえますが……」 「わしは、はあ、こねえだ、畑で鎌あ盗《と》られましたが、先生さまならわかるべえね?」 「ああ、先生さまにわからぬということはない。じつにそろばんうらないの大名人だ」 「おらがのとこでは、はあ、猫が紛失したでごぜえますが……」 「おいおい、鎌だの、猫だのの紛失なんぞはこまるよ。先生さまに失礼になるじゃあないか……まあ、なんにしてもせっかくきたのだから、先生さまをお起こししておねがいしてあげよう……おいおい、番頭、番頭、はなれへいって、先生さまにそう申しあげておくれ」 「へい」  といって、番頭ははなれへいきましたが、青くなってあたふたともどってまいりました。 「旦那、たいへんでございます」 「どうしたのだ?」 「へい、こんどは、先生さまが紛失いたしました」

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